自由研究は、夏休みの宿題の中でも子どもの成長を感じられますよね。わが家でも息子が小学2年生だったとき、一緒に取り組みましたが、「少しだけ」のつもりだった親のサポートが、思いもよらない方向へ進んでいきました。今では高校生になった息子を見ながら、ときどき思い出す、夏の出来事です。
少しだけのつもりで始めた手伝い

息子が小学2年生だった夏休みのことです。自由研究のテーマは決まったものの、なかなか作業が進みませんでした。低学年ですから、文章をまとめるのも、資料を整理するのも簡単ではありません。見ているうちに、「少しだけ手伝おう」と思ったのがすべての始まりでした。
最初は、本で調べるポイントを一緒に探したり
「ここはもう少し分かりやすく書いてみようか」と声を掛けたりする程度でした。
しかし、私はもともと文章を書く仕事をしていることもあり、だんだん完成度が気になってきます。
「図を入れた方が伝わる」「写真があった方が見やすい」「この表現の方が読みやすい」と、次々にアイデアが浮かび、そのたびに手を加えてしまいました。
気付けば、息子は「これでいい?」と私に確認しながら進めるようになり、私がレイアウトや説明文まで考えるようになっていました。本来なら子どもが試行錯誤するはずの自由研究なのに、いつの間にか親である私が主役になっていたのです。
息子の自由研究が表彰

夏休みが終わり、新学期に提出した息子の自由研究は先生から褒めていただきました。学校からも賞をいただくことに。作品は校内に展示され、親としては素直にうれしく、「頑張って良かった」と思ったのを覚えています。
ところが、息子は思っていたほど喜んでいませんでした。
私が褒めても「そうなんだ」と少し照れたように笑っただけで、喜んでいる様子がありません。
その姿を見た瞬間、私は何とも言えない気持ちになりました。
考えてみれば当然です。賞をいただいた作品には、私の考えや工夫がたくさん詰まっていたのです。息子自身には、苦労して完成させたという実感はなかったのでしょう。私は「子どものため」と思って手伝っていましたが、実際には達成感を奪ってしまったのではないか…。その考えが頭をよぎり、胸が締め付けられる思いでした。
はじめは「少しでも良い作品にしてあげたい」という気持ちしかありませんでしたが、私が協力するたびに大切なものが少しずつ失われていったのだと思います。子どもが自分で考え、迷い、失敗しながら完成させる過程こそが、一番大切だったのだと、気が付きました。私は息子の自由研究で、きれいな作品を作るだけを考えていたのです。
高校生になった息子を見て思う親の役割

その翌年の夏休みから、私は関わり方を変えることにしました。息子には「困ったら相談してね」とだけ伝え、基本的には息子自身に任せることにしたのです。
もちろん、途中で「これで合っているかな」と聞かれることはありましたが、答えを教えるのではなく、一緒に考えるよう心掛けました。
完成した作品は、前年ほど見栄えが良かったわけではありません。それでも最後まで自分の力でやり切った息子は、とても満足そうな表情を見せていました。その笑顔は、賞をいただいた前年よりも、ずっと印象に残っています。
あれから月日は流れ、息子は高校生になりました。自分で考え、自分で判断しながら物事に取り組むようになっています。その姿を見るたびに、あの自由研究を思い出します。
親は子どもの失敗を見ていると、つい手を貸したくなりますよね。しかし、少し遠回りをした経験や、自分で悩み抜いた時間こそが、子どもの自信につながる…。あの夏の自由研究は、息子だけでなく、親である私にとっても「見守ることの大切さ」を学ぶことができた、忘れられない出来事になりました。
(ファンファン福岡公式ライター/haru119)





