大学生のころ、バイト先で一緒だったパートさんからクッキーをもらうことがよくありました。ですが、お礼を言った流れで何気なく発した私の言葉をきっかけに、クッキーを渡されなくなってしまいます。そのときの私に悪意なんて全くなかったのに。10年経った今でもときどき思い出す、何気ない言葉の怖さに気づいた話です。
バイト先の密かな楽しみ

大学生のころ、週に何日かアルバイトをしていました。アルバイト先では70歳のパートさんと一緒でした。
そのパートさんの娘さんは趣味でお菓子作りをしているそうで、手作りクッキーをバイト先によく持ってきてくれたのです。クッキーは毎回フレーバーが違って、どれもお店顔負けの仕上がり。それをもらってはおいしく食べていました。
出勤してパートさんの姿を見ると、「今日もあるかな」と小さくテンションが上がるくらい、手作りのクッキーが私の密かな楽しみになっていました。
ある日、もらったクッキーのお礼を伝えると、そのパートさんが
「うちではいつもミルクティーと一緒に食べるのよ」と話してくれました。
会話を続けようと思って、思わずこう返しました。
「それ絶対合いますね!私も次やってみます!」
学生の私にとって、年の離れたそのパートさんはほとんどおばあちゃん感覚でした。自然と甘えがあったと思います。特に深く考えずに出たひと言でした。
その瞬間、パートさんの表情がわずかに曇った気がしました。気のせいかな?と思いながら、その日のシフトを終えました。
次の出勤からスルーされるようになった私

それ以来、何かが変わったのを感じました。これまでどおり、パートさんがクッキーを持ってくる日があります。
これまでと違うのは、他のスタッフには「どうぞ」と声をかけるのに、私のところだけ来ないことです。一度だけじゃなく、何度もそういう日が続きました。
「あれ…?」と思いながらも、パートさん本人には何も聞けませんでした。「クッキーが欲しい」と自分から言い出すわけにもいかず、理由を聞くことはできません。だから、私が何かまずいことをしたのか、当時の自分にはよくわかりませんでした。
10年経って恥ずかしくなった

その出来事からは10年以上が経ちました。クッキーをもらったときに「次やってみます」と言ったことに他意はありませんでした。でも今思えば、そこには”クッキーは当然もらえるもの”という空気がにじみ出ていたのだと思います。パートさんにはおばあちゃん感覚で甘えていた分、余計に無防備でした。私の何気ない”催促”がパートさんに不快な思いをさせたんだと思います。
今では、自分の発したひと言を思い返すたびに、胸が痛くなります。言葉は、発した側の意図より受け取った側の感覚がすべて。それをクッキーひとつで学びました。そのことに気づいてからは、何気ない一言が「相手にどう届くかな」と少し考えてから口にするようにしています。
完全にできているとは言えないけれど、あのパートさんのことを思い出すたびに、ふとした発言でほかの人に嫌な思いをさせないように意識できていると思います。
(ファンファン福岡公式ライター/irone)





