私には二人の息子がいます。兄弟には同じように接することが「平等」だと思っていました。しかし、長男からの言葉で、兄弟それぞれ個性が違うことに気づきました。長男の一言から学んだ、子どもとの向き合い方について綴ります。
子どもたちをお風呂に急かす夕方

「お風呂入るよー!」
夕方になると、私は毎日のように子どもたちへ声かけ。長男はすぐに遊びを止めますが、次男はぐずぐずします。
長男は小さい頃、遊びに夢中になっていても、何度か声をかけて少し強めに伝えると、
「あっ」と気づいたように遊びをやめて動いてくれる子でした。
だからでしょうか。次男にも、自然と同じような声のかけ方をしていました。でも、次男には通用しません。
「やだ!まだ遊ぶの!」
最初は優しく誘っていても、夕方は夕飯の準備や片付けなど、やることが山積みです。
「早くお風呂に入ってほしい」
焦る気持ちと一緒に、私の声は少しずつ大きくなっていきました。
「もう!わがまま言ってないで入るよ!」それでも次男は首を振り、
「やだ!やなの!」と、その場から動こうとしません。
そんなやり取りを繰り返すたび、「なんで言うことを聞いてくれないんだろう」と、私の心からどんどん余裕が失われていきました。
長男の声掛けで自分からお風呂に向かう次男

ある日のこと。いつものように私が少し怒った口調で次男をお風呂へ誘っていると、隣で見ていた長男が言いました。
「ママ、弟は僕と同じ言い方じゃダメだよ」その一言に思わず、
「え?」と長男の方を見ると、長男は次男の隣にしゃがみ込みました。
「まだ遊びたいんだよね?」
次男は小さくうなずきます。
「大丈夫。このおもちゃはそのままにしておいてあげる。僕が見張ってるから、お風呂から出たらまた遊べるよ」
それでも次男は、
「でも、やなの…」とつぶやきました。
長男はもう一度優しく聞きます。
「何が嫌なの?」
「遊びたいの」
その答えを聞いた長男は、濡れても大丈夫なおもちゃを一つ手に取り、
「じゃあ、これをお風呂に持って行こう」と差し出しました。
「うん」
さっきまであんなに嫌がっていた次男は、おもちゃを受け取ると、自分からお風呂へ向かって歩き出したのです。
私はその様子を見ながら、ただ驚くことしかできませんでした。
平等の意味を勘違いしていた私

私はずっと、「兄弟は平等に育てたい」と思っていました。だから、同じように接することが平等なのだと、どこかで思い込んでいたのです。でも、それは間違いでした。
長男は、少し急かされることで気持ちを切り替えられる子。一方の次男は、自分で納得できると動き出せる子。
そして、そのことを一番よく理解していたのは、毎日一緒に過ごしている長男でした。弟の「遊びたい」という気持ちを受け止め、その気持ちに寄り添いながら、お風呂へ向かえる方法を自然に見つけていたのです。
忙しい夕方は、今でもつい、
「早く!」と言ってしまう日があります。それでも、そんな時は長男の
「弟は僕と同じ言い方じゃダメだよ」という一言を思い出します。
子どもは一人ひとり違う。
頭では分かっていたはずなのに、忙しさに追われる毎日の中で、その子の気持ちを置き去りにしてしまうことがありました。
「平等」とは、同じように接することではなく、その子に合った関わり方をすること。
あの何気ない一言は、兄弟それぞれの個性と向き合うことの大切さを、私に教えてくれた忘れられない言葉です。
(ファンファン福岡公式ライター/irone)





