ある朝、住んでいたアパートの隣の部屋から「開けて! 開けて!」という、ただ事ではない声が響いてきました。ゴミを出して戻るほんの数十秒の間に、幼い娘さんが内側から鍵をかけてしまったというのです。当時、子どもがいなかった私は育児とは無縁の生活を送っていましたが、この出来事をきっかけに、子育ての大変さを初めて目の当たりにしたのでした。
隣の部屋から聞こえた「開けて!」

当時、私は夫と二人でアパートに住んでいました。ある朝、お隣から「開けて! 開けて!」という焦った声が聞こえてきたのです。
気になって外に出ると、隣のママさんが必死にドアを叩いていました。話を聞くと、ゴミを出して戻ろうとしたほんの数秒の間に、幼い娘さんが内側から鍵をかけてしまったとのこと。
「ママだよ、開けて!」
中から子どもの声は聞こえるものの、鍵を開けることはできません。
「こんなことが起きるんだ…」と驚くばかりでした。
何とかしたい一心で
私は何もできずいったん部屋に戻りました。それでも隣からは、変わらず扉を叩く音と必死に呼びかける声が聞こえてきます。その様子からママさんの焦りが伝わってきて、こちらまで落ち着かなくなってしまいました。
「何かできないかな…」
そう思い、管理会社へ電話してみましたが、朝早かったため営業時間前で留守番電話。そこで、すぐ近くに住んでいる大家さんなら助けてくれるかもしれないと思ったものの、肝心の連絡先が分かりません。
慌てて仕事中の夫にLINEで事情を伝えると、すぐに大家さんの電話番号を教えてくれました。さっそく電話をかけると、大家さんは「大丈夫、大丈夫。今行くから」と穏やかな声。
「よかった…!」と思わず胸をなで下ろしました。
サンダル姿で駆けつけた大家さん

数分後、サンダル姿の大家さんが駆けつけ、無事に鍵は開きました。ドアが開いた瞬間、ママさんは真っ先に娘さんの姿を確認し、「よかった…」と半泣きになりながら抱きしめていました。
普段から、この時間になると子どもを連れて慌ただしく保育園へ向かっていたママさん。きっと、この日もいつも通りの朝だったのでしょう。
「本当にありがとうございました」ママさんは大家さんと私に何度も頭を下げていました。
大家さんは、「気にしなくていいよ。何もなくてよかったね」と笑顔でそう言い残すと、何事もなかったように自宅へ戻っていきました。
後日顔を合わせた時、「あれ以来、ゴミ出しの時も鍵とスマホを持つようになったんです」とママさんは苦笑いしていました。
必死な呼びかけの理由

それから数年後、私も母になりました。時折あの日の光景を思い出すたび、今になってようやく分かることがあります。
家の中に、幼い子どもが一人。
もし、踏み台によじ登っていたら。もし、口に入れてはいけないものを見つけていたら。もし、転んで泣いていても、すぐに駆け寄れなかったら。
扉を叩きながら「開けて!」と必死に呼びかけていたのは、遅刻するからではなく、娘さんの無事が何より心配だったからなのでしょう。
子どもは、大人の想像を超える行動をします。「ちょっとゴミを出すだけ」で離れたつもりでも、家の中で何が起こるか分かりません。だからこそ今なら、あの時のママさんの焦りや恐怖が理解できる気がします。
扉を叩く音と、「開けて!」という切羽詰まった声。当時はただ驚いて見ていた光景でしたが、母になった今では、忘れられない出来事の一つになっています。
(ファンファン福岡公式ライター/大空 琉菜)





