「いつもお返しがこれなの…」人付き合いを大切にする義母が差し出したのは、不自然に袋がベタつく「お返し」。その中身の正体は、不愛想な隣人から届く賞味期限を隠した謎の品々。長年の無礼に、義母が下した「ある決断」とは。無理な付き合いを手放し、穏やかな日常を取り戻すまでの記録です。
「…まただわ」ベタついた跡が残る、期限シールを剥がした乾燥ワカメ

「これ、ちょっと見てちょうだい」夕飯の支度をしていた台所から、義母が困惑したような声で私を呼びました。差し出されたのは、隣人から「お返し」として受け取ったばかりの乾燥ワカメの袋です。驚いたことに、本来なら賞味期限シールが貼られているはずの箇所が、無理やり剥がされたような「ベタつき」だけが残っていました。
義母はもともと人付き合いを大切にするタイプで、出かけた際にはご近所さんに手土産を渡していました。しかし、その不愛想な隣人から返ってくるのは、決まってこうした「期限切れ」を疑わせる品々ばかりだったのです。
5年以上も繰り返されていた、あまりに無礼な贈り物

私がその事実を詳しく知ったのは、つい最近のことです。夫が、「あの人から貰った期限切れっぽいワカメは5回じゃすまない、もっとだ。同じ時期になるとくれるんだ…」
私は耳を疑いました。明らかに、期限シールを剥がしてまで渡し続けていたのです。
その隣人は、普段から不愛想で、挨拶を交わす程度の付き合いしかありませんでした。 それでも「これからも顔を合わせるから」と、波風を立てないよう、義母はずっと独りで我慢を重ねていました。良かれと思って渡したお土産が、こんな形で見下されるようなお返しになって返ってくる…。そのベタベタしたワカメの袋を見つめていると、義母の優しさが踏みにじられているようで、私までやるせない気持ちになりました。
「もう、あげるのはやめよう」台所で義母が見せた、スッキリした決断の顔
ある日の夕方、その「お返し」を手に取った義母がふと言いました。
「もう、あの人に物をあげるのはやめようと思う」 その表情を覗き込むと、いつもの迷いが消え、驚くほどスッキリとした晴れやかな顔をしていました。
「良かれと思ってしていたことが、かえって嫌な思いをするなら、やめたほうがましね」 毎年のように繰り返される無礼な振る舞い。そして、その度に「またシールが剥がされている」と確認して落ち込むの繰り返し。義母の中で、ようやくその負の連鎖に「区切り」がついた瞬間でした。 長年縛られてきた「ご近所付き合いの常識」という重荷を静かに、でも力強く手放したのです。
挨拶だけの関係がもたらした、思いがけない「穏やかな日常」
それ以来、義母はその隣人にお土産を渡すのを一切やめました。 最初は「急にやめたら、何か嫌味を言われるかも」と義母は心配だったと思います。
私も「お義母さんの評判が悪くならないかな」という不安がなかったわけではありません。しかし、実際にやめてみた結果は、拍子抜けするほど意外なものでした。
隣人とは、道で会えば会釈をするだけの、元のドライな関係に戻っただけ。 何か嫌がらせをされることも、不都合が起きることもありません。むしろ「次はどう処理しよう」という、あの胸をざわつかせる嫌なストレスから、家族全員が完全に解放されたのです。 「何であんなに必死に気を使っていたのかしらね」と笑う義母の顔を見て、私たち夫婦も、ようやく正しい選択をしたのだと確信しました。
言いたいことを言う大切さと、心地よい距離の守り方

ご近所付き合いは、とても難しく一度始まれば一生続くものだと思い込みがちです。特に年配の世代にとって、周囲との和を乱すことは何より避けたいことかもしれません。 でも、こちらがどれだけ誠意を尽くしても、それが届かない相手、あるいは悪意で返してくる相手は、悲しいですが確かに存在します。
大切なのは、相手の性格を変えようとすることでも、無理に仲良くすることでもありません。自分が、そして家族が心地よくいられる「距離感を保つこと」だと思います。
「挨拶だけで十分」と割り切った今の関係こそが、私たち家族にとって、一番穏やかな距離感だったのだと今改めて実感しています。
(ファンファン福岡公式ライター/hitoyume)





