私が働いているお店に時々やって来る“野菜おじさん”がいました。家庭菜園で採れた野菜を届けてくれる気さくな常連さんでした。しかし、私が別店舗にヘルプに行くようになってから状況は一変。善意だと思っていた行動が、恐怖へと変わった出来事です。
野菜を届けてくれる優しい常連さん

私が働いていたのは、街でよく見かけるチェーンのケーキ店。ご年配のお客様が多いエリアにお店があり、お客様と世間話をすることもよくありました。
ある日、50代くらいの作業着姿の男性がお店にやって来て、大きな袋いっぱいの野菜を差し出しました。
「家庭菜園でたくさん採れたから、みんなで食べて」
そう言って野菜を置き、少し世間話をすると、ケーキは買わずにそのまま帰っていきました。
それからたびたびそのおじさんがやってくるように。最初は驚きましたが、新鮮な野菜をいただけるのはありがたく、スタッフみんなで分けて持ち帰っていました。
来店するのは数カ月に一度程度。
「また”野菜おじさん”が来たね」
一度もケーキを買うことはありませんでしたが、店員同士でそんなふうに話すくらいで、私たちにとっては顔なじみのお客さんの一人でした。
ヘルプ先に突然現れた野菜おじさん

しばらくして、私は隣町にある系列店にヘルプに入ることになりました。勤務する店舗は日によって変わり、シフトを知っているのは限られたスタッフだけです。
ところが、私がヘルプに入って間もない頃、その男性が突然ヘルプ先の店舗に現れました。
「こんにちは」
いつもと変わらない様子で野菜を持ってきたため、最初は偶然だと思ったのです。
しかし、それから来店頻度はどんどん増え、数カ月に一度だった来店が月に一度ほどになりました。しかも来るのは、私がヘルプに入っている日に合わせたかのようなタイミングばかり。
「どうして勤務先が分かったんだろう」
その疑問が頭から離れなくなりました。
善意なのかもしれない。そう思おうとしても、「また来るかもしれない」という不気味さの方が大きくなっていったのです。
お店全体で対策をすることに

不安が募り、私は店長へ相談しました。すると、実はほかのスタッフも同じような違和感を覚えていたことが分かったのです。お店にやってきたおじさんに、私が出勤しているか質問されたパートさんがいたという話も聞きました。
そこで各店舗の責任者を交え、お店として対応を見直すことになりました。
決まったのは、従業員のシフトはお客様へ一切伝えないこと。さらに、それまで付けていた名札も、防犯の観点から名前が分からないものへ変更されました。そして、お客様から野菜や差し入れなどを受け取らないことも新しいルールになったのです。
これまでは「親切だから」と受け取っていましたが、相手との距離感を考えると、それだけでは済まされない問題もあるのだと実感しました。
来なくなったのに消えない不安
対策を始めてから、野菜おじさんはぱったり姿を見せなくなりました。あれほど頻繁に来ていたのが嘘のようです。
本来なら安心できるはずなのに、私はどこか落ち着きませんでした。
「もう来ないのかな」「また突然現れるのかな」
そんなことを考えてしまう自分がいたのです。
もしかすると、相手は純粋な親切心だったのかもしれません。それでも、勤務先を把握されていると感じた瞬間から、私の中では恐怖へと変わってしまいました。
この一件で、お客様との距離感について以前より意識するようになりました。
接客業は、お客様との距離が近い仕事です。だからこそ、親しみやすさだけではなく、働く側が安心できる環境づくりが大切だと感じました。
何かあってからでは遅い。どんなに小さな違和感でも、「気のせい」と決めつけないこと。そして、一人で抱え込まず、周囲へ相談すること。
このときの体験で、自分の身を守るために大切なことを身をもって学ぶことになりました。
(ファンファン福岡公式ライター/tomomicchu)





