明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

男は口以外を覆う木製の面を被っていた。
明治二十年代、祖母の父が旅先で激しい冬の雨に降られて逃げ込んだ宿にその男はいた。
囲炉裏のそばに座っていた。
歳の分からない痩せた男だった。
「この面が気になるのでございましょう?」
ちらちら見ていた父にそう言うと、囲炉裏の火が爆ぜる音に混じるようにその「面」の由来を語り始めた。

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【面を被った男の話】
もう十年も前になりますか…四国を旅していた時に奇妙な村に迷い込みました。
山奥にぽつんとある…そう、隠れ里のような村でした。
不思議なことに、村人のうち数人はこれと同じ表情のない『面』を被っていたのです。
もう陽も落ちていたので一晩泊めてもらえないかと頼みましたが、ひどい方言で村人の言葉の半分も意味が取れません。

困っていると若い女がやってきて、こう言いました。
「コノムラノコトドコデキイタ? ナカマイルカ?」
女は言葉が通じるようだったので、迷い込んだだけで誰からも聞いてはいないし一人旅だと告げました。
女は数人の村人に何か指示すると、「コチラデネランカナ」と私の手を取り小さな庵に案内しました。

庵の中は暗かったのですがただ1箇所、部屋の奥の一段高くなったところに小さな御堂があり、蝋燭が数本立ってそこだけが浮き上がったように見えました。
「アノナカミルナイ」そう告げると女は宵闇に消えて行きました。

しばらく横になっていましたが、御堂の中が気になって仕方がない。
見るなと言われれば逆に見たくて仕方がない…誰もいないんだ、見たって分かりはしないだろう…そう思った私は御堂の扉を開けました。
中には漆黒の石で造られた女神像が鎮座していました。
目も鼻もない像でしたが妙に心惹かれて、気が付くと手に取っていました。

その時です!
「トラウェヨ」「トラウェヨ!」声が響きました。
いつの間にやってきたのか数人の男たちに押さえ込まれ、縛られ、そのまま広場へ引きずり出されました。
そこにあの女がやってきました。
女は表情一つ変えずただ私を見下ろすと、美しいけれど背筋が凍るほど禍々しい響きを帯びた歌を歌い始めました。
それが終わると私は縄を解かれました。
「コレヲモチテサレ」
私は女からこの面を無理やり持たされ、放逐されました。

心底ほっとして逃げるように山道を進みました。
周囲が明るくなり村の境界を越えたところで、私は顔の内側から焼き尽くされるような高熱に襲われました。
意識が朦朧(もうろう)とする中、まるで顔の肉が熱に溶けドロドロと膿み崩れていくような地獄の苦しみでした。
ようように見つけた宿に飛び込んだところで意識を失いました。
それから数日…やがて熱が引き痛みも止まった頃、自分の顔を撫でて愕然としました。
私の顔からは、目の窪みも鼻の隆起も失われていました。
そこにはただ、口がぽっかりと空いているだけでした。

あの女のまじないは生贄の顔を削ぎ落とし、神の「欠損」を埋めるための儀式だったのでしょうか。
あの時面を被っていた村人たちも、かつて私と同じように神に触れ、顔を奪われた者たちだったのだとようやく悟りました。
それ以来、こうして渡された面を被っております。
この面を渡してくれたのはあの女のせめてもの思いやりなのかもしれません。

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「男がそう言って自嘲気味に笑うと、面の下から漏れる白い吐息が不気味に漂った。そして最後にこう言ったんだ。『さて、私の顔…見ますか?』と」
父の話はここで終わったそうだ。





チョコ太郎より
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