伊達政宗の兜を飾ると息子が「右目」を負傷…2年連続の不運に、平家の末裔という義両親が放った衝撃の一言

初孫のために実父が贈ってくれた、立派な兜飾り。しかし、それを飾るたびに、なぜか息子が「同じ場所」ばかり怪我をするという不思議な出来事が続きます。義両親が心配していた家系の話や、選んだ武将にまつわる偶然。「もしかして…」と不安になった私が選んだ決断とは?

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「また、同じ場所を…」三日月の兜を飾ると、二度も起きた不運

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「うわぁぁぁん!」家中に響いた息子の鳴き声。駆け寄ると、息子の右目の上から、赤い血が滲んでいました。背後にあるのは、端午の節句を祝うために飾り付けたばかりの立派な五月人形。三日月の前立てが輝く、伊達政宗の兜飾りの前で、息子が泣いていました。

実は、目をケガするのはこれが初めてではありませんでした。前年の初節句でも、息子はベッドの角にまぶたをぶつけ、怪我をしていたのです。二年連続で、同じ場所を。「目」の周辺を狙ったかのようにケガをするなんて、ただの偶然で片付けるには、あまりにも不気味すぎました。

そう思いながらも、私はなかなかこの不思議な因果関係を認めることができませんでした。実父が、初孫のためにと心を込めて選んでくれた贈り物だったからです。

夫が漏らした一言で疑念は確信に

一年前の一度目のケガをした夜、帰宅した夫に伝えると、彼は兜を見つめながら、ぽつりと言ったのです。

「伊達政宗は、独眼竜だからじゃないか?」
戦国武将・伊達政宗。幼少期に右目を失明し、のちに「独眼竜」と恐れられた英雄。

「まさか、そんなの迷信よ」 その時は聞き流していました。

でも、今回、息子が同じように二度目のケガをした今、その言葉が頭から離れないのです。

「平家の家系」に「独眼竜の兜」。先祖が拒んでいるのか、あるいは武将の魂が共鳴してしまったのか。 科学的な根拠などどこにもありません。それでも、親として「これ以上、飾ってはいけない」 という確信がありました。

この兜を迎える前からあった一波乱

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そもそも、この兜飾りが我が家にやって来るまでの経緯には、すでに一波乱があったのです。

前年の息子の初節句を前に、実家から贈り物が届きました。箪笥の上に飾るのにちょうど良いサイズの、華やかな兜飾りです。そして子どもが実際に羽織れる、金色の陣羽織。さらに、息子の名前が刻まれた烏帽子がついていました。

しかし、この贈り物を巡っては一悶着ありました。義両親に報告した時のことです。返ってきたのは、予想外の言葉でした。

「うちの先祖は平家だから、その武将(伊達家)とは合わない」
正直、現代においてそんな家系の因縁があるのかと耳を疑いました。

でも、父の厚意を無下にはできません。
「用意してくれたものを突き返すわけにはいきませんから」
私は義両親を説得し、その兜飾りを迎え入れたのでした。

家族の平穏を取り戻した、今の我が家

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まだ飾り終えたばかりの五月人形一式を一つひとつ丁寧に包み、箱へと収めました。父には申し訳ないけれど、息子の身の安全には代えられません。

あの日以来、わが家では五月人形を飾ることはありません。 人形を仕舞い込んでからというもの、息子が目をケガするような事態は一度も起きていません。

あれはやはり、何らかのメッセージだったのか。 それとも、偶然が重なっただけの出来事だったのでしょうか。真相は分かりませんが、飾るのをやめたことで、私自身の心のざわつきがスッと消えたのは事実です。

現在の息子の右まぶたには、当時の名残として小さな傷が残っています。けれど、成長とともにその傷跡も薄くなり、今では目を凝らさないと分からないほどになりました。

実父の想い、義両親のこだわり、そして夫の言葉。さまざまな感情が詰まったあの五月人形は、今も、納戸の段ボールの中で眠っています。

形あるお祝いはできなくなったけれど、健康で元気に過ごす息子の姿が、何よりの節句の賜物だと感じています。今年もまた、穏やかな5月が来ることを願っています。

(ファンファン福岡公式ライター/hitoyume)

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※この記事内容は公開日時点での情報です。

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