春は、新しいことを始める季節です。入学や進級をきっかけに、「そろそろ習い事を」と考え始める家庭も多いのではないでしょうか。周囲の子が何を始めたのか、どんな教室に通っているのか。何気ない会話の中で耳にするたび、少しだけ気になる。そして時には、その何気ない一言に、心がざわつくこともあります。
今回の出来事は、児童館でのほんの短い雑談から始まりました。それは、自分の中にある「子育ての軸」を、静かに見つめ直すきっかけになったのです。
何気ない雑談から始まった習い事の話
その日は、放課後に子どもと一緒に児童館へ行っていました。新学期が始まったばかりで、館内にはどこか新しい空気が漂っています。同じ学校のママたちと自然に会話が始まり、話題はいつの間にか「習い事」の話に。
「うちはこの春から英語を始めたんだ」
「スイミングもずっと続けてるよ」
そんな情報交換は、よくあること。私も「へえ、そうなんだ」と頷きながら聞いていました。
わが家は、まだ一つだけ。本人が「やりたい」と言った習いごとを、無理のないペースで続けている状態です。特に焦りもなく、「そのうち興味が増えたら考えよう」くらいに思っていました。
そのとき、一人のママがこう言ったのです。
「習い事は3つが当たり前」という一言

「今の時代、習いごとは3つくらいやってて普通だよね」
その言葉は、あまりにも自然に、まるで常識のような口調で発せられました。
さらに続けて、「やらせないと、後から差がつくよ」
周囲のママたちは、「そうだよね」「わかるー」と頷いています。私は曖昧に笑いながらも、心の奥で小さな違和感が広がっていくのを感じていました。
習い事は、本当に数が大事なのだろうか。やらせていないと、遅れていることになるのだろうか。頭では「家庭によって考え方は違う」とわかっているのに、その場の空気に飲み込まれそうになる自分がいました。
他人と比べそうになった自分に気づいた瞬間
その日の帰り道、子どもはいつも通り楽しそうに話していました。
「今日ね、できなかったことができるようになったんだよ」誇らしげなその顔を見たとき、私はハッとしました。
この子は、自分のペースでちゃんと前に進んでいる。誰かと比べる必要なんて、本当はどこにもない。それなのに、ほんの数分の会話で、私は無意識に「足りていないのかもしれない」と感じてしまっていたのです。
大切なのは、習いごとの数ではなく、子どもがどう感じているか。楽しんでいるか。続けたいと思っているか。それを見失いそうになっていたのは、他でもない自分でした。
それぞれの家庭に、それぞれのペースがある

後日、また同じママたちと会う機会がありました。習いごとの話題は相変わらず続いていましたが、私は以前ほど気にならなくなっていました。
すごいな、とは思いますが、それが正解というわけではありません。ただ、それぞれが選んだ道を歩いているだけ。子どもにも個性があるように、家庭にもペースがあります。
無理に合わせる必要はない。そう思えたとき、心がふっと軽くなりました。
比べないと決めた日、子育てが少し楽になった
子育てをしていると、どうしても周囲の情報が目に入ってきます。
「あの子はこんなことができる」「もうこんな習いごとをしている」
そのたびに、焦りや不安が生まれることもあります。でも、本当に大切なのは、目の前の子どもの姿を見ること。誰かと比べるのではなく、昨日のその子と比べること。
あの日、児童館で感じた小さな違和感は、自分の中の軸を見つめ直すきっかけになりました。
今でも、習いごとの話を聞くことはあります。でも、もう以前のように心が揺れることはありません。なぜなら、わが家にはわが家のペースがあると、やっと自信を持って言えるようになったから。周りの当たり前ではなく、わが子にとっての「ちょうどいいバランス」を選び続けていきたいと思います。
(ファンファン福岡公式ライター/Happymam)





