親戚が集まるたび、「男の子2人なんて大変ね」「女の子でよかった」と言われることがありました。悪気がないのは分かっている。でも、そのたびに小さなモヤモヤが残ります。そんな私が決めたのは、疲れないための“省エネ対応”でした。
「男の子2人なんて大変ね」と言われるたびにモヤモヤ

親戚が集まると、子どもたちの話になることがあります。
わが家には男の子が2人。まだまだ手がかかる年齢なので、「元気いっぱいだね」「2人いるとにぎやかね」と言われるのは、もちろん嫌ではありません。
ただ、ときどき言われるのが「男の子2人なんて大変ねぇ」という言葉。親戚の中には女の子がいる家庭もあり、「うちは女の子でよかったよ」と言われることもあります。確かに、男の子2人を育てる毎日は、体力的にも大変です。兄弟げんかをしたり、家の中を走り回ったり、毎日がにぎやか。だから「大変」という部分だけを言われれば、「まぁ、そうなんだけど…」と複雑な気持ちになることもあります。
男の子2人を育てる大変さを否定したいわけではない。でも、その大変さだけでわが家の子育てを語られることに、なんとなくモヤモヤしてしまうのでした。
悪気がないと分かっていても、なぜか心に残る
もちろん、親戚に悪意があるわけではありません。
「男の子2人なんて大変ね」というのも、きっと「子育て頑張っているね」という気持ちがあっての言葉なのだと思います。「女の子でよかった」という言葉も、その人にとっては自分の子育てを振り返った何気ない一言なのでしょう。
だから、「そんなこと言わないで」とわざわざ伝えるほどでもない。でも、言われたこちらには、小さなモヤモヤが残ります。
「男の子ってそんなに大変なのかな」「女の子のほうがよかったってこと?」そんなふうに、つい自分の中で言葉を反芻してしまうこともありました。
親戚とは、仲が悪いわけではありません。でも、何でも話せるほど近い関係でもない。だからこそ、わざわざ自分の気持ちを説明して分かってもらおうとするのも、なんだか違う気がしていました。
「分かってもらう」より、自分が疲れないほうを選ぶ
そんなことを繰り返すうちに、「もう、無理に分かってもらわなくてもいいんじゃない?」と思うようになりました。
「そうなんですよ〜、毎日にぎやかです(笑)」と軽く返して終わり。「男の子2人は大変ね」と言われても、「でも、2人ともかわいいですよ」と返す。それ以上は説明しません。
以前の私は、モヤモヤすると「男の子だってこんなにかわいい」「大変なことばかりじゃない」と分かってもらいたくなっていたのだと思います。でも、よく考えてみれば、わざわざ相手に理解してもらわなくてもいい。
男の子2人を育てていて、大変なことがあるのは事実。それでも、その大変さを超えるくらい幸せな瞬間があることを、私自身が知っています。
子どもたちと家族で笑っている時間や、兄弟で仲良く遊んでいる姿を見ると、「この2人がいてよかった」と思う。それを分かっているのは、ほかでもない私たち家族なのです。
心の中ではいつも「でも、幸せですから」

それからは、親戚から何か言われても、以前ほど気にしなくなりました。もちろん、今でも「男の子2人なんて大変ね」と言われれば、一瞬「またか」と思うことはあります。
でも、心の中では、「そうですね。でも、幸せですから」と返しています。
口に出して反論する必要もないし、「男の子2人のほうがいいですよ!」と張り合う必要もない。相手には相手の考えがあって、私には私の感じ方がある。すべてを分かってもらおうとしなければ、親戚との会話でいちいち傷つくことも減っていきました。
子育てをしていると、周りからいろいろなことを言われます。
「大変ね」「かわいそう」「こうしたほうがいい」…。そのたびにすべてを受け止めていたら、きっと疲れてしまう。だから私は、相手の言葉を変えようとするよりも、「わが家はこれで幸せ」と自分たちが分かっていればいいと思うようになりました。
誰かに理解してもらえなくても、自分たちが幸せだと思えているなら、それで十分。そんなふうに考えられるようになってから、親戚との付き合いも少しだけ気楽になった気がします。
(ファンファン福岡公式ライター/irone)





