明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

「大変(てぇへん)だ、大変だあっ!」
うだるような盆の夜、大工の安が血相を変えて酒場へと飛び込んできた
「どうしたんだ、安。そんな大声を出して」
「まだ宵の口なのに酔ってんのか?」
「い、 今よう、俺が新八の野郎と通りを歩いてたらよ、とんでもねえモンが走り抜けて行ったんだ! 子牛ほどもある青白く光る化け猫が、うなり声を上げながら。おっかなびっくり後をつけるとよ、しづ婆さんの家ん中が光ってるじゃねえか。こいつぁ一大事!ってんで新公を見張りに残してな、みんなに知らせに来たのよ」
「子牛ほども……? 猫がそんな大きさになるわけねえだろ」
「やっぱり酔っ払ってやがるのか?」

男たちは鼻で笑ったが、隅にいた医者の竹庵が顔色を変えて立ち上がった。
「実はな、しづさん肺を悪くしておってな…気になるで儂が見に行ってこよう」
「本当かい先生? じゃあしづ婆さんが弱っているところへ、そんな化け物が……」
「おい、みんな! 提灯と棒っきれを持って、しづ婆さんの家へ急ぐぞ!」
男たちは一斉に立ち上がり、しづさんの長屋へと駆けつけた。

「ごめんよ」と戸を勢いよく開け放つと、男たちは手に持った棒きれを構えてなだれ込んだ。
しかし、部屋の中に「子牛ほどの化け猫」の姿はどこにもない。
あるのはただすやすやと眠るしづさんの姿だけ。
傍らには新八が座っている。

「おおい、新公! 化け猫はどうなった!?」
「そ、それがよ…… 窓越しに覗いてたら、あの化け猫がしづさんの布団にのしかかって、寝ているしづさんの首筋で真っ白な牙を剥き出しやがったんだ。こいつぁいけねえと思わず飛び込んだんだ。そうするってえと、しづさんの口から気味の悪い真っ黒い炎がメラメラと吹き出してよ…」

「まっ黒い炎……!? それでどうなったんでぇ!」
「そしたら、大猫がガバッと大口を開いたかと思うと黒い炎をもの凄い勢いで吸い込んじまったんだよ! 」
「で、化け猫はどうなったんだ?どこへ消えやがった?」
「吸い終わった大猫は急にその場でくるくる回り出したかと思うと、見る見るうちに縮んじまって…ほれ、あそこに」
新太が指差した先、寝ているしづさんの胸の上に一匹の白い猫がちょこんと丸まって乗っていた。猫はすうすうと心地よさそうに喉を鳴らしている。
「化け猫が、猫の子になっちまったってぇのか……?」

男たちが呆然と立ち尽くす中、しづさんのまぶたがゆっくりと持ち上がった。
「……おや、お前さんたち……こんな夜中にいったいどうしたんだい?」
「いや、しづさん家に化け猫が入り込んだって安が言うからよ」
「それに具合も心配だったでな。で、いかがかな?」
「あら?こりゃどうしたことだろう?全然苦しかないよ!」
痛みで重かった体は嘘のように軽く、しづさんはきょとんとした顔で起き上がった。
胸の上の猫が「ミャーウ」と鳴いた。
「お前はまさか……ふくかい?」
しづさんが声をかけると小さな白い猫はゴロゴロと喉を鳴らした。
「しづさん、知ってる猫かい?」
安が驚いたように尋ねると、しづさんは懐かしそうに目を細め、優しく微笑んだ。
「あぁ……子どもの頃にずっと家にいた猫だよ。ずいぶん昔に別れたきりだったんだがねぇ」

安は今夜の出来事を早口でまくし立てた。
すべてを聞き終えたしづさんは、ふくの頭に手を当て深くうなずいた。
「そうかい……死霊に憑かれていた私を、助けに来てくれたんだね……」
しづさんの頬に、涙がホロリとこぼれ落ちた。
その瞬間、白い猫の身体が青く輝き出し、ふわりと宙に浮かんだ。
猫は最後に一度だけしづさんの周りをまわると、お盆の迎え火の煙がゆらめく夜空へ向かって静かに消えていった。
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「…っていう話を竹庵先生から聞いたんですよ」
仕事を終えた後、不思議な噂を語り終えた植木屋の松五郎は煙管をふかした。
「実に良い話だった。興に入った」と岩見。
「大切にされた猫は恩を返しますからねぇ。あ、ぬるくならないうちに冷やした甘酒をどうぞ」と絲。
「ありがとうございます…おや?」
「あ、この赤猫か。新しい住人だ。名前は…まだない」
「へえ、良い顔ですねぇ。おい赤、お前もちゃんと恩を返すんだぞ」
松五郎が頭を撫でると赤猫は「ミャーウ」と鳴いた。







チョコ太郎より
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