まず義母の名誉のために宣言しますが、私の義母は良い人です。嫁いびりなどせず、孫にもよくしてくれます。しかし、そんな彼女も初孫フィーバーには抗えず、抑えきれない愛情が爆発し色々やらかしました。当時の私では受け止めきれなかった話をここで吐き出させてください。
正直、想像力が足りていなかった新生児育児の過酷さ

私には兄弟がいますが末っ子だったこともあり、赤ちゃんと触れ合う機会もなく大人になりました。いざ自分が子どもを産んでみると、我が子は想像の100倍可愛かったです。自分みたいな人間でも親になれるんだ、この子が自分と夫の子どもなんだと、我が子の顔を見つめては感動していたのを覚えています。
ただ、新生児の育児は想像していた以上にしんどかったです。お手本のように背中スイッチが作動して抱っこをやめられない、ママじゃなきゃダメと大泣き、母乳育児で胸が張って、睡眠も細切れになるのは人生で初めて…と、最初は本当につらい思いをしました。慣れない新生児の育児に、私のメンタルは早々に限界に達していたのです。
”産後のガルガル期”の感情むきだし
我が子への愛情と育児の負担で、私はいわゆる”産後のガルガル期”になったのだと思います。このときはじめて自分の中で「我が子の“はじめて”はすべて自分でものにしたい」という独占欲とも言える謎の母性が芽生えだしました。我が子のはじめての寝返りを見るのも私、はじめて喋る言葉は「ママ」、ファーストシューズは私が買う…とにかくすべてを独占したい気持ちに駆られていたのです。
今思えば、何でそんなむきになっていたのだろうとも思いますが、当時の私はまさしく、我が子を自分一色に染め上げたい新米ママという名のモンスター。何者にも口出しはさせない!という意識と、子育てに対するすさまじい熱量がありました。
ただ、子どもの誕生に沸き立っていたのは私たち夫婦だけではありませんでした。この子は両家にとっての初孫で、私の両親も何かと理由をつけてすぐに会いたがっていました。それは義母も例外ではありませんでした。
ことあるごとに我が家に来るようになった義母

義母は孫が生まれてからというもの、おかずを届けてくれたり、「食べにおいで」「買い物に行かない?」と連絡をしてくるようになりました。初孫を可愛く思い、嫁にもよくしようとしてくれた義母には本当に頭が上がりません。
しかし!当時の私にはそれがしんどかった。そもそも、結婚するまでは実家を出て一人暮らしをしており、結婚してからも実家の母とも用事がなければ会わないような生活を送っていたため、義母の会う頻度や連絡の多さには驚きました。
さらに、驚いたのは私が熱を出した時です。義母から連絡があり、携帯を見た瞬間には「行くからね!」とメッセージが入っていました。義母は心配していただけでしょうが、私としては来ないでほしいのが本音でした。夫も仕事で家にいないので断る理由もなく、義母を迎え入れるしかありませんでした。
具合が悪くて身支度する余裕はありません。ボサボサの頭に、よれよれの部屋着姿を見られても平気なほどまだメンタルも強くなかった当時の私。我が子はまだ昼寝が多い時期だったことから、一緒に寝ていたかったのに
「寝ていていいよ~洗濯物と掃除しといてあげるね~」と言われても、内心は「ゆっくり寝ていられるかぁぁあ!」と叫んでいました。
私がおばあちゃんになったら

そこから何年も経った今では義母のことが大好きです。義母は悪く言えばおせっかいかもしれませんが、誰にでも愛情を惜しまない人なのだろうなと理解しています。産後のガルガル期がもたらす余裕のなさもあったでしょうが、あの時は、私の考えを尊重してほしかったと思います。
私がおばあちゃんになる順番が来たら、あの時の自分の気持ちを思い出して、お嫁さんなりのルールを尊重しながら接していきたいと思います。それぞれの家庭のルールは、家事を担当する人が中心になって決めていって出来上がったものですよね。私が常識だと思っていることも、自分が作り上げた我が家だけで通用するルールでしかなくて、子どもには子どもの家庭のルールがあることを忘れないようにしたいです。
(ファンファン福岡公式ライター/きぃ)





