新・祖母が語った不思議な話:その捌拾壱(81)「杣人の話・出る部屋」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

「おとろしい話を聞いたぞ!」
ひんやりし始めた風と共に杣人(そまびと)・水丸さんがやって来た。

「なんじゃ、いきなり」怪訝(けげん)な顔で応じる祖母の父。
「儂の幼馴染の四道っちゅう男から聞いた話じゃ。本人の体験だと。聞きたかろ?」
「うむ。はよ話せ!」

お茶を運んできた祖母は「これは面白そうだな」と父の隣にちょこんと座った。
水丸さんはお茶で口を湿すと、話し始めた。

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【水丸さんの話】

うっそうとした杉木立に囲まれた川沿いにある奥山の鄙(ひな)びた温泉宿「木乃家」。
その宿の一室「桔梗の間」には、奇妙な噂があった。
――出るのだ。

その噂を聞いた四道は、温泉宿を訪ねた。
宿の主人が止めるのも聞かず、わざわざ「桔梗の間」に泊まった。

本当に出るのか? 何が出るのか?
四道は気になってなかなか寝つかれなかった。

「一服するか」
燐寸(マッチ)を擦る。

部屋の隅、一段と深い闇深いの中に紫色の着物をまとった女が横を向いて座っていた。

声が出ない!
動けない!

女は四道の方へぞろりと向きを変えると消え入るような声で囁いた。
「〇〇町○○番地…〇〇町○○番地へ行ってください…〇〇町○○番地へ…『木乃家』から来たと伝えてください…」

短くなった燐寸が手を焼き、そして消えた。
漆黒の闇…
意を決してもう一度燐寸を擦る。

もう女はいなかった。

翌日、言われた場所へ向かった。
表札の出ていない、そこだけ陽が当たっていないような家だった。
呼び鈴を何度か鳴らすと背の高い男が出てきて四道をじろじろと見る。
言われた通りに宿の名前を出すと、男は無言で中に入るように促した。
四道は案内されるままに座敷に上がった。

宿での体験、そして女に告げられてここに来たことを話した。
男の表情は変わらない。
「茶を入れるので、少し待っていてください」と男は引っ込んだ。

「なんという陰気な男、なんという陰気な家だ…」
立ち上がって部屋を見回していると、男が戻ってきた。包丁を握って。

四道は弾かれたように逃げ出した。
玄関まで辿り着いたが、鍵がかかっている!
振り向くと男がゆっくりと近づいて来ている。

「もうだめか! あの部屋に泊まったばっかりに…」
観念しかけたそのとき、男の手から包丁が落ちた。

「うわは! 花代! 来るな! 来るな!」
驚愕の表情を浮かべ、男は脱兎のごとく奥に逃げていった。

今だ!
玄関の鍵を開け転がり出る。
門まで駆け出し振り返ると、磨り硝子の内側に紫色の人影が見え、そして消えた。

その足で交番所に行った。
今の今、殺されそうになったことを話していると、四道は信じられないものを見た。
向こうからあの男が走ってくるではないか!

「あ、あいつです!」指差すと数人の警察官が確保に向かう。
男は抵抗もせず捕縛された。

「この男が花代を連れてきたんだ! とてもあの家にはいられない。どんな罰でも受ける! 頼むから捕まえてくれ」
男は泣き叫びながら、自らの罪を包み隠さず自白したのだった。

……………………………………………………………………

「その男…安本という名だったらしい…はあの宿の『桔梗の間』に一人で泊まり、密かに花代さんを呼び寄せて絞殺、暗いうちに川に流していたんだ。あと数日で時効だったそうだ」
「幽霊の…使いか…」
「天知る、地知る、霊が知る…悪いことはできんのう」

残りの茶をぐびりと飲み干すと水丸さんは帰って行った。

チョコ太郎より

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