「新天町」5つの謎を解く!~ファンファン調査隊 地元企業大解剖 第14弾~

福岡市・天神の新天町商店街は、複合ビルへの再開発に伴い2027年春までに各店舗が順次閉店します。同年2月に「感謝セレモニー」を開き、全店舗の閉店後は解体工事に入ります。これまで歩んできた歴史と、意外と知られていない秘密に迫ります。

目次

【ナゾ1】商店街の名称は「新天神町」だった?

1946年の創立時、商店街の名称は川柳作家で、和装小物店「ゑり孝」(現在は閉店)の店主だった安武孝一氏に託されました。初代宣伝部長の安武氏が筆で「新天神町」としたため、3文字目を手のひらで隠すと「新天町」の文字が浮かび、全員が即決したそうです。「新しい天神の町」への願いを込めた命名エピソードです。

【ナゾ2】西日本初のアーケードが生まれた理由は?

終戦直後、「闇市の天下では人々のためにならない」という理想を掲げ、1946年に木造2階建ての12棟で始まりました。入居希望600店のうち、78店が選ばれました。50年に増改築とアーケード化を実施。「降っても照っても新天町」のキャッチフレーズとともに西日本初のアーケード商店街へと発展しました。

【ナゾ3】「八頭身美人」来訪で2万5000人が熱狂?

新天町ホームページより

1953年のミス・ユニバース世界大会で日本人初入賞(3位)を果たした伊東絹子さん。「八頭身」の語源になった彼女が、翌54年に新天町の新築落成式で、ミス日本の原田良子さんとともに訪問。ひと目見ようと押し寄せた人は2万5000人。会場は人、人、人・・・。屋根の上にも見物人がひしめく熱狂だったそうです。

【ナゾ4】岡本太郎の作品がある”知る人ぞ知る美術館”

1981年の創業35周年イベントに、前衛芸術家の岡本太郎氏を招いたところ、後日に「挑む」と題した芸術書道作品が贈られました。現在は一般利用の可能な食堂、新天町倶楽部の壁に飾られています。

アーケード天井には彫刻家、菊竹清文氏の「スペースプレーン」も。買い物ついでに“アート散歩”ができる商店街です。

【ナゾ5】新天町の「顔」誕生のきっかけはドイツ旅行

中央広場の大時計塔は1981年7月、創業35周年を記念して完成した日本初のからくり時計「メルヘンチャイム」。商店街のメンバーがドイツ旅行で時計塔を見て「新天町にも作りたい」と思い立ったのがきっかけといい、鐘はオランダの職人による手作り。午前9時〜午後8時の毎時00分、にぎやかに時を告げます。

新天町商店街・商業協同組合の河原田吾朗さんより

建物は新しくなりますが、お客様をお迎えする私たちの気持ちは変わりません。これまで新天町を愛してくださった皆さんと、次の新天町をつくっていきたいです。

新天町商店街

住所:福岡市中央区天神2-9
電話:092-741-8331(新天町事務所)
URL:https://www.shintencho.or.jp/
※2026年10月9日号掲載

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※この記事内容は公開日時点での情報です。

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