明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

戦国時代のこと。
秋風が冷たさを増し黄金色の稲穂がすっかり刈り取りを終えた頃、久しぶりに隣村に遊びに来た娘狐のお紅(おこう)は愕然とした。
村中に火が放たれていたのだ。
「ここにはもう何も残っておらん。次は山向こうの下川村だ!」野武士の頭目らしき男が叫んだ。

お紅は下川村が好きで、村の近くを住処(すみか)にしていた。
毎日のように娘に化けて村に出かけては子どもたちと遊んだり、若い衆をからかったりと仲良く暮らしていたのだ。
なんとかしなければ!
住処(すみか)への帰り道、田の畔にポツリポツリと彼岸花が咲き始めていた。
人々からは「死人花」と忌み嫌われていたが、お紅は彼岸花が大好きだった。
その花を見つめているうちに一つの策が浮かんだ。

その日の夕暮れ時、娘に化けたお紅は山に分け入った。
しばらくその辺りの薬草を摘んでいると黒い影が2つ。
(しめしめ! 狙い通り…野武士だ)
「きゃ!」
「お前は下川の者か?」
「はい。野草を摘んでいただけです。貴方様たちは?」
「そんなことはいい。一緒に来い!」
お紅は隠れ処に連れて行かれた。

「命は惜しければ儂の問いに答えよ」
六尺豊かな大男…頭目だ…
隠れ処に連れて行かれたお紅は脅されるままに村の様子を教えた。
もうすっかり稲刈りが済んだこと…
村の中は見通しが良くて隠れる場所がないこと…
若い衆の人数…
「でも…あの村を襲うのは止めた方がいいですよ」
「なぜだ?」
「下川では時々、不吉な『石降り』が起こるんです。どこからか石が降ってきて、それに当たると病んだり死んでしまうのです!」
ざわざわし始めた手下を叱り飛ばすと、頭領は笑い飛ばした。
「そんな馬鹿なことがあるものか。臆病者がびくびくしとるだけだわ! もう用はない。この娘を斬れ!」
そう言ったときにはもうお紅は姿を消していた。

それから数日経った闇夜に村へ忍びこんだ野武士の物見は奇妙なものを目にした。
どの家の扉の前にも彼岸花が飾られているのだ。
「こんなに死人花が…気味が悪いのぉ」
そのとき全ての彼岸花から赤い怪火がゆらゆらと立ち上った。
「出たっ!」
物見は皆の元に帰るとこの異変を報告した。

「臆病風に吹かれたな! そんなものは何でもない。乗り込むぞ!」
野武士の集団が村へ向かって進軍し始めたそのとき、どこからともなく無数の石つぶてが雨あられと降りかかった。
「ぐっ……! 石が降ってきたぞ!?」
「あ、頭が…… 体が痺れる……これがあの小娘が言うた『石降り』か!」
「呪いだ! 当たったら死ぬぞ!」
お紅が仕込んだ言い伝えの効果は抜群。手下たちは武器を投げ捨てて、われ先にと逃げ去った。
しかし、百戦錬磨の頭目は怯(ひる)まない。
ギラリと光る戦刀を引っ提げて村の中に駆け込んできた。

その時、暗闇にからかうような声が響いた。
「手下がいなければ娘一人にも勝てないのでは?」
声のした方には怪火に包まれて立つお紅がいた。
「お前か小娘!」
怒髪天を衝く勢いで斬りかかってきた。
頭目が目の前まで迫ったそのとき、お紅の体が宙に舞った。
「なにっ……ぐわっ!?」
切り込んだ先は、表面を大量の籾殻で覆い隠した大きな水貯めだった。
頭目はそのまま水貯めの中へ頭から突っ込み、籾殻と泥水を被って身動きが取れなくなった。

お紅が中空からフワリと降りてきた。
腰には頑丈な麻紐が結ばれている。
その端を握っているのは体を真っ黒に塗り屋根に隠れた若者たち。
頭目が切り掛かった瞬間にお紅は引き上げられたのだ。
罠にかかり刀を取り落とし泥だらけで芋虫のようにのたうち回る頭目に、もはや威厳のかけらも残っていなかった。
手下が恐れた「石降り」も闇に紛れた若い衆の手によるものだった。

……………………………………………………
時を遡ること数刻─
野武士の隠れ家から逃げ出したお紅は娘の姿のまま、村長の矢七の家に駆け込んだ。
矢七は年若いが知恵も度胸もあり、皆から信頼されていた。
「この村に野武士が迫っています。私は隣村から拐われてきたのですがなんとか抜け出してきました。私に野武士退治の策があります。どうか信じてください」
不吉と信じられている彼岸花を使った狐火、身黒塗りにした若衆による「石降り」、さらに水貯めを使った罠…お紅は策を話した。
村長は突然現れた娘に驚く様子もなく、言われるがままに村中が動くことに承知した。
……………………………………………………

若衆たちが頭目を縛り上げたのを見て安心し、東奔西走し力を使い果たしたお紅はふさふさの尻尾を現してしまった。
「しまった!」
逃げようとする緋を村人たちが取り囲んだ。
「やはりいつも村に来ていたあの狐だったか。ありがとう。お前が知恵を貸してくれなければ、この村は今頃…この恩、決して忘れぬ」
村長の言葉に合わせ皆も、お紅に向かって深々と頭を下げた。

それからというもの、下川村の景色は大きく変わった。
「死人花」と忌み嫌われポツリポツリと寂しく咲いていた彼岸花は、村を守り抜いた印としてあぜ道や土手、家々の周りに植え広められた。
再び秋が巡る頃、村は真紅の彼岸花で埋め尽くされた。
それを娘姿のお紅と若き村長が満足そうに眺めている。

「もう一年か…そういえば彼岸花を見て策を思いついたと言っておったな」
「はい…彼岸花を使って狐火を灯す『狐の提灯』という術を使うこと思いつきました」
「なるほど。彼岸花が好きと言っておったが…その理由はあるのか?」
「彼岸花を使う『狐の提灯』はお母さんが一番好きだった術なんです」
「そうだったか…そういえば恩人の名を聞いておらなんだな…名を教えてくれるか?」
「お紅と申します。お母さんがつけてくれました」
「お紅…良い名だな」
お紅は微笑みながら頷いた。
彼岸花が風に揺れた。





チョコ太より
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