明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

小学校に入った年の六月の朝、庭に大きな花が咲いていた。
見入っていると、後ろから祖母の声。
「これは鉄砲百合。私の叔父さんから株分けしてもらったんだけど、ちょっと不思議な話があってね」
「えっ、それ聞きたい!」
「学校から帰ってきたら話してあげる」
「やくそくだよ!」

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【祖母の話】
時代が明治と改まって間もない頃のこと。
ある仕事の帰りすっかり日が暮れてしまい、三郎(祖母の叔父)さんは街道沿いの古い宿に泊まることにした。
案内された部屋は手入れの行き届いた小さな庭に面した離れ。
仕事の疲れから、床に入るとすぐに深い眠りに落ちた。

「……三郎さん、三郎さん……」
丑三つ時を過ぎた頃、自分の名前を呼ばれたような気がして目が覚めた。
細く、どこか切なげな女の声だった。
声は庭の方から聞こえる。
窓から月明かりを頼りに庭を見渡す。
夜気を含んだ風が木々を揺らしているばかりで、人の姿などどこにもない。

寝ぼけたのか…部屋に戻り再び布団に入ると、また聞こえる。
「……三郎さん……」
意を決して庭に出て、声のした方へゆっくりと歩みを進めると、築山の陰の大きな石の傍らに白く浮き上がるものがあった。
それは一輪の、見事な鉄砲百合。
月光を浴びてすっと立つその佇まいは、怖いほど美しかった。
その周囲にはやはり誰の姿もない。
不思議な気持ちを抱えたまま部屋に戻り、そのまま朝を迎えた。

家へ戻った三郎さんは、その夜から不思議な夢を見るようになった。
暗闇に見たこともない一人の女が立っている。
白い着物を着た美しい女は、何かを訴えかけているが、何を言っているのか聞き取れない。
女の悲しげな目と、動く唇だけが印象に残るばかりだった。
二日目も、三日目も、同じ夢を見た。
そして、四晩目のこと。
夢の中に、あの女の姿はなかった。
女が立っていた場所には、ただあの夜に見た鉄砲百合が一輪、静かに風に揺れているだけだった。
目覚めた時、潮が引くような寂しさが残った。

三郎さんは、早朝からあの宿へと向かい、主に夢の話をした。
宿の主は深くうなずくとこう言った。
「あの百合は植えた覚えはなく、気付けば咲いていたものなんです…きっとお客さまとご縁があるのでしょう。連れ帰っていただくのが一番でございましょう」
宿の主の手を借りて球根ごと丁寧に掘り起こされた鉄砲百合を三郎さんは大切に持ち帰り、自分の家の庭の陽当たりの良い場所にそっと植えた。

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「その鉄砲百合は株を増やし、毎年見事な花を咲かせたのよ」
「へえ!」
「それを株分けしてもらったのがこの百合。でもね叔父さんの百合は、叔父さんが亡くなると後を追うように枯れてしまったの」
「そうなんだ! じゃあこのゆり、大切にしないといけないね」
「それがいいよ。あ、そうそう。三郎叔父さんはね生涯独り身だったのよ」
実家の庭には今も見事に鉄砲百合が咲く。






チョコ太郎より
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