新・祖母が語った不思議な話:その漆拾漆(77)「サンジンサン」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

4歳の秋だったと記憶している。
祖母に手を引かれて、秋の里山を歩いていた。
木漏れ日の落ちる山道の傍(かたわら)に、古いけれど手入れの行き届いた小さな庵(いおり)があった。
中には女の人がいて、男物の服を愛おしむように丁寧に畳んで置いている。
祖母が「何をしているんですか?」と尋ねると女の人は花代と名乗り、微笑みながら話し始めた。

……………………………………………

【花代さんの話】

あれは今から20数年前…戦争の傷跡がまだ生々しい頃のことです。
当時私は5歳、父の運転するバイクに乗せられ20kmほど離れた親戚の家へ出かけました。
食糧を分けてもらうのが目的でした。

到着すると私は山菜を集めるために裏山に行きました。
山に入っても親戚の家の屋根が見えていたので大丈夫と思い、山菜を集めていました。
しばらくして頭を上げると深い木々の中で、帰り道が分からなくなっていました。
あちらでもない、こちらでもない…うろうろしているうちに太陽はどんどん沈んでいきます。

心細くなってしくしく泣いていると、誰かが後ろから頭をなでました。
振り向くとそこには、いろんな布を何枚も重ねたボロボロな服を着た、真っ赤な顔の人が立っていました。
髪はぼうぼうに伸び、男か女かも分かりません。
でも不思議なことにちっとも怖くはありませんでした。
私はその人に引かれるままに歩き出しました。

父と親戚は私がいなくなったことに気付くと、村中をひっくり返すように必死で探し回ったそうです。
最悪の事態が頭をよぎり始めたその時、自宅に残っていた母からの電話。

「今、花代が一人で帰ってきたよ」

驚いた父親がバイクを飛ばして家に戻り、「どうやって帰ってきたのか?」と尋ねると
「あかいひとが、つれてきてくれた」と私は答えたそうです。

「車に乗せてくれたのか?」
「ううん。たくさん木がはえているところを歩いてきた」
「その人はどこに行ったの?」と母。
私は「蛇の木のところ」と、ある方向を指差したそうです。
それは以前遊んでいたときにたくさん蛇が這い出してきた古い木が生えている場所でした。

父母と私は急いでその「蛇の木」へ向かいましたが、誰もいません。
立ち尽くしていると、山の集落から物売りに来ている顔見知りのおばあさんが通りかかりました。
「家族そろうて何事ですな?」と聞かれたのでいきさつを話すと、おばあさんは懐かしそうに、そして深くうなずいてこう言いました。
「私も子どもの頃、その人に遭ったことがある。山の池に落ちて溺れたとき、顔も体も真っ赤な人に助けられたんだよ。私の集落では昔から何人もその人に会っていて、みんな“サンジンサン”と呼んどります」

おばあさんが去った後、再び辺りを探しましたがやはり赤い人の姿はありません。
どうしてもお礼がしたいと思った父はサンジンサンの石碑を刻み、雨風を防げる庵を作って祀りました。

……………………………………………

ここまで話すと花代さんは、きれいに畳まれた服を優しく撫でた。
「それがこの庵なんです。あのとき助けてもらったお礼に、ときどきここに服をお供えしているんです。サンジンサンが着ていたのはボロボロだったから……せめて、温かい服を着てほしいと思って」

祖母は目を細め、そして尋ねた。
「…サンジンサンが、その服を持っていったことは?」
「ええ。しばしばあります。なくなるとこうやって次の服を置くのです。持って行ったのは大半が、着るものがなくて本当に困った旅人や行き倒れかけた人でしょうが……」
「そうでしたか。戦後は本当に生きるのが戦いでしたからね」
「はい。お礼の手紙が幾度も置かれていました。……きっとサンジンサンが、困った人たちをここに連れて来たのだと思います」

そして、花代さんは遠くの山並みに目を向けながら、静かにこう付け加えた。
「今はもう、サンジンサンの話をする人なんてほとんどいません。だけど……昔話なんかじゃなく本当にいて、私を助けてくれたんです」

礼を言って祖母と私は花代さんに別れを告げた。

「サンジンサンっていまもいるのかな?」
「たとえ姿が見えなくてもいると思うよ、きっと」
そうだそうだと言うように、薄(すすき)の穂が揺れていた。

チョコ太郎より

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