引っ越し先に選んだのは、葬儀場のすぐ隣にあるマンション。家賃、間取り、立地のどれを取っても申し分ない、理想的な物件でした。「隣が葬儀場」という一点だけが、ほんの少し気になりましたが、それを差し引いても魅力が勝っていました。しかし、引越して10日目に起きたある出来事で、このマンションを選んだことを少しだけ後悔することになったのです。
3週間で物件探し

夫の転勤で急遽、3週間後に引っ越しすることになったわが家。物件探しにかけられる時間は、わずか一日でした。それまで、何件も見て回るなかで、決め手に欠ける部屋ばかりが続いていたからです。
そんな中、不動産屋さんが最後に紹介してくれたのが、このマンション。築20年とやや古いものの、理想通りの間取りに、近くには公園やスーパーもあり、生活のしやすさは抜群。家賃も手頃でした。
内覧を終えた帰り道。ふと隣を見ると、葬儀場がありました。一瞬だけ、不安がよぎりましたが、私は霊感もないし、空室がここだけってことは「きっと大丈夫」と、自分に言い聞かせ入居を決めました。
引越し初日の娘の反応

引っ越し初日の夜。当時3歳になったばかりの娘が、なかなか眠ろうとしませんでした。
寝室のカーテンを指さし、「怖い、怖い」と怯えるのです。指さす先は、葬儀場の方向。少しだけ恐怖を覚えました。
でも、きっと環境の変化のせいだろう。カーテンの色を黒っぽいものに変えたから、それが怖いのかもしれない。そんなことを夫と話し、明るいカーテンのある部屋に移動して、なんとか寝かしつけました。
引越して10日後、娘が見たものとは

そして、引っ越して10日ほど経った夜のことです。娘が、リビングの扉の方をじっと見つめながら言いました。
「あれは誰の手?パパが帰ってきたの?」夫が帰宅するには、まだ早すぎる時間です。
「何か見えるの?」と尋ねると、
「手が見えたよ。パパのお部屋、行ってみよう」と、当たり前のように言うのです。
手が見えた?その一言で、心臓が一気に早鐘を打ちました。
娘に手を引かれ、夫の部屋へ向かいます。リビングの扉を開け、廊下を進み、ちょうど、娘が“手”を見たと言ったあたりを通ったときでした。娘が、ぽつりとつぶやいたのです。
「温か〜いものが、体に当たったよ」その瞬間、背筋がすっと冷たくなりました。
夫の部屋を確認しても、もちろん誰もいません。「いないねぇ」と、不思議そうに首をかしげる娘。そして、リビングへ戻る途中でも、「今もね、温かいものが当たったよ」と、何気ない様子で言うのです。
私は恐怖のあまり、すぐに夫へ電話をかけ、「早く帰ってきて」と伝えました。
その後のわが家
しかし、あの日を境に、娘が“何か”を見ることは、二度とありませんでした。カーテンを怖がることも、温かいものに触れたと言うことも、あれ以来、一度もなかったのです。
それから約3年。この家で私たち家族は、笑って、泣いて、ときには怒って、また笑って、そんな当たり前の日々を重ねてきました。
もちろん、あの日の出来事を思い出すと今でも少し怖くなります。
でも、不思議と「嫌なものだった」という感覚は残っていません。
だから私は時々、あの“温かいもの”は、新しくやってきた私たちを、そっと見守ってくれていたのかもしれないと思うことがあります。
この家で、たくさん笑いながら成長していく娘の姿を見ていると、あの日感じた“不思議な何か”を、今では少しだけ違う気持ちで思い出せるのです。
(ファンファン福岡公式ライター/yutaka)





