新・祖母が語った不思議な話:その捌拾参(83)「二つ鬼」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

「さてお立ち会い。頭痛に風邪、歯痛に疝気(せんき)…このような病は全て『足の裏』から吸い上げられた邪気の仕業なのじゃ。だが安心召されい! 足の裏に塗って一晩眠るだけで溜まりに溜まった邪気がすっかり抜けてしまうという『大地霊油』を持参した。この有難い霊油がなんとたったの五十文(約1,500円)!」

黄色く染まった銀杏に囲まれた神社の境内で様々な器を持って集まった村人たち前に、偽陰陽師・井笠磨太呂が滔々(とうとう)と口上を述べる。

「くれ!」
「わたしにも!」
「こっちも!」
古徳利に入った霊油は見る見る売れていった。

「残ったのはこれだけか…うまくいったなぁ♪ さあ次々」
『大地霊油』とは名ばかり、雨傘にも塗れないような廃油を見事売り切った井笠は、ほくほくしながら次の村を目指した。
鮮やかな秋色に染まった山沿いの道を歩いていると雨粒が落ちてきた。
「どこかに雨宿りできるところは…おぉ! あんなところにお寺があるぞ」
井笠は石段を駆け上った。

「古いが立派な寺だな」
井笠は濡れた狩衣の袖を払いながら、山門を潜った。
堂内からは、重々しい声が響いている。薄暗い本堂の奥で住職が一人、こちらに背を向け木魚を叩きながら読経に励んでいた。

「お勤めご苦労様です。通りすがりの陰陽師でござるが、にわか雨の止むまで雨宿りを……」
愛想笑いを浮かべながら歩み寄ったその時、井笠はふと違和感を覚えた。

鼻をついたのは線香の香気ではなく、生臭い獣と鉄の匂い。
読経を続ける住職の袈裟は破れ、乾ききっていない鮮血があちこちにべっとりとこびりついている。
さらに座敷の奥の暗がりには、かじられた肉片と骨が散らばっている!
(…こ、こいつは住職の皮をかぶった化け物だ!)
心臓が跳ね上がった。
霊力などカケラもない自分が戦えば一瞬で骨も残らない。
井笠は息を殺し、爪先立ちで出口に向かって後ずさり。

その時――住職のつむじが裂けた。

「……ククク、どこへ行く、陰陽師」後頭部から現れた、第二の顔が嗤(わら)う。
前方の顔は読経を続けたまま、後ろの顔だけがぎちぎちと歯を鳴らしながら睨みつける。
弾かれたように駆け出す井笠を見た住職がゆっくりと立ち上がる。
体が膨れ上がり衣がバリバリと破れ、その巨体が現れた。
前後二つの顔を持ち猛火となんでも溶かす泡を吐く大妖怪――「二つ鬼(ふたつおに)」!

「待っておったぞ井笠磨太呂。我らはこれまでお前が倒した奴らのようにはいかんぞ!」
二つの顔がニヤリと歪んだ。

後ろの顔が口を大きく開くと、「ブシャアッ!」とあらゆるものを溶かす緑色の溶解液「骨溶かし」を吐き散らし始めた。
骨溶かしが当たったところは柱も、畳も、床も「ジュウウウッ!」と音を立て、大きな穴がボコボコと空いていく。

「ひ、ひえええぇぇッ! た、助けてくれぇ!」
命からがら外へ逃げだそうと走る井笠だったが、鬼は逃げ道を塞がれた。
その口からは、ボッボッと恐ろしい猛火が漏れ出ている。
(火! そうだ、この油をぶつけてやれば)

追い詰められた磨太呂は、「大地霊油」の入った徳利を、鬼の顔めがけて投げつけようと振りかぶった。

「あッ!?」
なんと投げつけようとしたその刹那、栓がすっぽ抜け徳利の中の油が井笠の頭から肩、足元へとかかってしまった。
慌てて逃げようとするが体はぬるぬる、「ずでん!」と尻餅をつく。
それを見た鬼が二つの顔が大口を開けて嘲笑う。
「ハハハハ! 己で油をかぶるとは間抜けな奴め」
鬼は油まみれで転がっている井笠に掴みかかった。

「ぬわッ!?」

全身油まみれになった井笠の体は、まるでウナギのようにヌルリと鬼の手からすっぽ抜けた!
勢い余った鬼は前のめりにつんのめる。
しかも、踏み込んだ足元は、井笠から滴り落ちた油でぬるぬる。
「と、止まらん……ぬおおおっ!?」
勢いよく滑っていった先は、自分が先ほどあちこちに吐き散らして開けた骨溶かしの穴!

ジュジュジュジュジュ……!!
「と、溶ける! 儂の骨溶かしで儂が溶ける〜〜っ!」
必死に這い上がろうと暴れたが、腕も顔も見る見るうちにドロドロに溶けていき泡となって消えてしまった。

寺から上がった煙を見て駆けつけた村人たちが見たのは、油まみれで呆然と座り込む井笠とあちこちに空いた深い穴。
ことの顛末を聞いた村人は歓声を上げた。
二つ鬼にはこれまで多くの村人が喰い殺されて、村を捨てようかと話し合っていたところだったのだ。

「陰陽師様ありがとうございます! これで皆、安心して暮らせます。しかし、よく鬼の住処がお分かりになられましたね」
「いや…なに…、そこはそれ…ほら…ね!」
「あの二つ鬼を苦もなく倒されるとは…大陰陽師さま、お名前を伺ってもよろしいですか?」
「コホン! 儂は井笠磨太呂と申す」
「おぉ! 化物退治で名高いあの井笠さまでございましたか!」

村をあげてのもてなしを受けたのち、井笠は上機嫌で旅立った。
井笠磨太呂の名はまたまた高まった。

……………………………………………………………………

「あの二つ鬼が…信じられぬ!」
「井笠磨太呂、恐るべし!」
「いよいよ本気でかからぬと!」

妖(あやかし)たちの中での評判もまたまた高まった。

チョコ太郎より

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