明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

“大学ノートの裏表紙に〜さなえちゃんを描いたの♪”
「いい歌だね。なんていう曲?」
小学5年生のとき、ラジオを聞いていたら側で繕い物をしていた祖母が聞いてきた。
「古井戸っていう二人組の『さなえちゃん』という歌だよ」
「へえ、古井戸! 面白いグループ名だね。古井戸か…一つお話を思い出したよ」
「えっ、ほんと? 聞かせて!」
祖母は手を休めると、こんな話を聞かせてくれた。

…………………………………………………………
【祖母の話】
明治の半ば、四国のある村が数カ月も雨が降らない異常な旱魃(かんばつ)に見舞われていた。
田畑はひび割れ、命綱である川の水も干上がり、日々の暮らしにも事欠く有様だった。
そんな折、村のはずれの森にある「古井戸」のことが話題に上った。
そこは、昔から打ち捨てられた忌み場で誰も近づかなかった場所だが、水のためには背に腹は代えられない。

意を決した男たちはなんとか井戸の水を汲み出そうと近づいた。
「うわぁ!」
最初に井戸を覗いた男が叫んだ。
中には夥(おびただ)しい獣の骨が折り重なっていたのだ。
「肝の細(こま)い奴だな! そんなもん、ただの骨だ。早う除けようぜ」
村で一番の力自慢がそう言いながら積もった骨に手をつけようとした途端、「うん!」と言って倒れた。
皆は震え上がり、男を担ぐと逃げ帰った。

その夜から男たちは次々と原因不明の怪我を負ったり、高熱を出して床に伏せったりしはじめた。
「やはり井戸の祟りだ……」
村中が畏れ、誰もその場所に近づかなくなった。

それから三月経ったある秋の夕暮れ、見慣れない老婆が、ふらりとその禁忌の森へ入っていくのを、薪拾いをしていた少女・ツルが見かけた。
老婆の身なりは目を覆うほどにボロボロで、足元もおぼつかない。
恐ろしかったが好奇心の方が勝った。
ツルは木陰に隠れながら老婆の後を追った。
老婆はあの古井戸の縁に座り込んでいた。
その周りを夥しい数の怪火が揺らめきながら取り囲んでいた。
それを意にも介さず老婆は井戸の底に向かって何やら歌っている。
風の音に混じって聞こえるその声は、まるで愛しい我が子をあやすような慈しみに満ちた響きがあった。
歌い終わると老婆は何処へともなく消えていった。

翌日の夕暮れ刻(どき)、気になったツルは井戸の様子を見に行った。
老婆はそこにいて歌っていた。
それからツルは誰にも言わず毎日見に行った。
七日目の夕方、そっと覗き込むと老婆は井戸の縁にもたれかかるようにして動かない。
恐る恐る近づくと老婆は事切れていた。

「みんなに知らせないと!」
慌てて村に戻ると、大人たちが辻に集まりざわついていた。
ツルが「どうしたの」と尋ねると、父親が言った。
「さっきな、おかしなことがあったんだ。見知らぬおばあさんが、たくさんの犬の群れに囲まれながら、歌いながら村の真ん中を通り抜けていったんだ。犬たちも皆楽しそうでな。なぜかみんなでうっとりと、その背中を見送っていたんだよ」
ツルは息を呑んだ。
「あのおばあさんだ。祟り神になっていた犬たちの魂を連れて行ったんだ」

この奇妙で温かな出来事の後、井戸からはこんこんと水が沸くようになった。
村人たちは畏敬の念を込め、古井戸の側に小さな祠を立てた。
古井戸の水は生き物すべての傷や病を癒やす霊験あらたかな神水として有名になり、遠方からも多くの人が訪れる場となったそうだ。






チョコ太郎より
お読みいただき、ありがとうございます。「まとめて読みたい」とのご要望をたくさんいただきました。下のボタンからお入りください。
ご希望やご感想、「こんな話が読みたい」「○○妖怪の話が聞きたい」「不思議な話を知っている」といった声をぜひお聞かせください。一言でも嬉しいです!下記のフォームからどうぞ。
