明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

暮れなずむ江戸の町。
おみつは一心不乱に針を動していた。
町でも名の知れた裕福な問屋の娘・千鶴の晴れ着の仕立て仕事である。
お針子のおみつは十六、千鶴も同い年。
仕事で千鶴の家の店へ通ううちに、すぐに打ち解けた。
気立が良くいつも柔らかな笑顔を向けてくれる千鶴は、おみつにとってかけがえのない友となっていた。

だが、ここ数カ月、千鶴は原因の知れぬ病に取り憑かれていた。
どんな名医に診せても首をかしげるばかり。
衰弱していく一方の体に、医者たちは皆「あと一月もつかどうか…」と両親に告げた。
親たちは悲嘆に暮れ、「何かしてほしいことはないか」と枕元で尋ねたとき、千鶴は静かにこう言った。
「…私が死んだら、おみつさんが縫った綺麗な着物を着せて送ってほしい」
その願いを聞いたおみつは、涙をこらえて縫い針を執った。
千鶴の平癒を祈り、せめて最期の装いが美しいものでありますようにと、一針一針に魂を込めて夜遅くまで針を進めた。

その夜もすっかり更けた頃におみつは針仕事の手を止め、店を辞した。
しかし、長屋へ向かって歩き出したところで、裁縫箱を部屋に置き忘れてきたことに気づき慌てて引き返した。
戻ってみると店の表戸がわずかに開いている。
妙に思いながらのぞき込むと、番をしているはずの使用人が、目を見開いたままピクリとも動かない。
「……これはいったい?」

不気味な予感を胸におみつは早足に千鶴の部屋へと向かった。
障子を開けた瞬間、息をのんだ。
眠る千鶴の胸の上に、真っ黒な蛇が塒(とぐろ)を巻いている!
蛇は眠る千鶴の口元から息を…命の息吹を吸い出し、その度に千鶴の顔は苦しげに小さくうめいている。

「……!」
悲鳴を飲み込み、おみつはそばにあった燭台を手に取ると、蛇めがけて一歩踏み出した。
その瞬間、蛇は異様な気配に気づき、みるみる膨れ上がりその頭は天井の梁にまで届いた。
爛々と光る赤い両目がおみつを捉え大きく牙を剥いて襲いかかってきた。
逃げ場がない!
その刹那、凛とした鬨(とき)の声が響いた。
「者共(ものども)出会え! 出会え!」

数え切れないほどの「小さな影」が飛び出してきた。
それは小指ほどの大きさの、鎧武者たちだった。
「おみつ殿の邪魔立てはさせぬ!」
「千鶴様をお守りしろ!」
侍たちは手にした豆粒ほどの刀を構えて巨大な大蛇へと突撃していった。
大蛇が尾を薙(な)ぎ払うたび、多くの小さな侍たちが吹き飛ばされ、押しつぶされていく。
それでも侍たちは怯むことなく、次から次へと立ち上がり大蛇に斬りかかった。

激しい死闘の果て、ドスンと地響きが轟いた。
全身に無数の小さな刀が突き刺さり黒い血を流した大蛇は、ついにピクリとも動かなくなった。
戦い抜いた小さな侍たちは、それを確認すると、まるで朝霧のようにフッと消えていった。
静寂が戻った部屋で、千鶴が「うっ……」と大きく息を吸い込み目を覚ました。
「おみつ…? 私、いま凄く怖い夢を…これは?!」
千鶴の視線の先には巨大な蛇の死骸が転がっている。
驚く千鶴に、おみつはこれまでの顛末を語った。
「そうそう、これを取りに来たんだった!」
おみつは安堵に包まれながら、部屋の隅に置いたお針箱を開けた。
ハッと息を呑んだ。
裁縫箱の中の針が、何本も何本も、根元から無残に折れていた。
化物蛇に立ち向かい、命を削って戦ってくれた侍はこの針たちだったのだ!

「傷だらけになりながらも自分たちを救ってくれた針たちへ、どうにかして報いたい」
二人は、千鶴の家で作っている真っ白な豆腐に折れた針を一本一本優しく挿していった。
硬い布を縫い続けて疲れてしまった針たち、身を挺して守ってくれた針たちを、せめて最後はやわらかなところで眠らせてあげたい――そんな切なる願いを込めてのことだった。
「今までありがとう。どうか、ゆっくりとお休み……」
この奇妙な出来事は、やがて町の人々の知るところとなった。
人々は恐れと感謝を込め、自分たちの衣類を支えてくれる針を粗末に扱わず、折れたときには柔らかい豆腐に挿してねぎらうようになった。
それはいつしかこの町内では「針供養」と呼ばれるようになった。





チョコ太郎より
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