丁寧に育てた新入社員が、残業をきっかけに休職してしまいました。原因がわからず頭を抱えていた職場に、ある日Aさんの母親が乗り込んできました。その姿を見た瞬間、全員が本当の原因を察したのです。子育てについてもう一度考えたくなるお話です。
好印象の新入社員

新型コロナウイルスが流行る前、私が入社4年目の時の話です。新入社員のAさんは礼儀正しく返事も丁寧で、上司も「今年もいい子がきたな」と安堵していました。研修も問題なく終了し、職場にも少しずつ馴染んでいくように見えました。
会社の方針で、基本的に新入社員には残業をさせないよう配慮していました。そのため、2年目以上の社員は多少の残業が発生していましたが、部署内の雰囲気はよく、残業代も1分単位でしっかり支給されたため大きな不満もなく、みんな黙々と働いていたのです。
しかし、繁忙期に入ると、新入社員にも1時間ほど残業をお願いせざるを得ない状況になりました。Aさんを含め、他の新入社員たちも積極的に仕事を覚えようと取り組んでいて「疲れました〜」と口にしながらも、どこか達成感に満ちた表情を見せてくれることもありました。
Aさんに異変が…
しかし、ある時期からAさんの表情が曇り、覇気が消えていったのです。
「大丈夫? 困っていることある?」と声をかけても、返ってくるのはいつも「大丈夫です」の一言だけでした。やがて体調不良による欠勤が増え、気づけば休職という形になっていました。
職場で休職者が出たのは初めてのことで、上司たちは「何かパワハラがあったのか」「仕事が合わなかったのか」と、次々に振り返りを始めました。
しかし、これといった答えが見つかりません。モヤモヤだけが残る中、仕事を進めていたことを覚えています。
乗り込んできた母親が、すべてを物語っていた

Aさんが休職して1カ月ほど経った頃、会社に一本の電話が入りました。相手はAさんの母親を名乗る人物で、「直接、上司と話したい」という内容です。
そして翌日、母親本人が職場に現れました。社員の親が来社するなど、もちろん初めてのことです。部署内に足を踏み入れた母親を、みんな珍しそうに眺めていました。上司が挨拶をして別室へ案内しようとした、その瞬間でした。
「うちの子に残業させすぎです!」母親は突然、声を荒げて話し始めました。
話を整理すると、Aさんはそもそも残業を一切したくなかったようです。しかし、繁忙期に入り周りの新入社員が残業しながら成長していく姿を見て、「残業したくない」とも言い出せず、一人で抱え込んでいたのです。
興奮しながら訴える母親の姿を見て、その場にいた全員がAさんの休職の本当の原因に気づきました。
Aさんはつらいことがあると親に報告し、自分で問題を解決する力を身につけないまま、社会に出てきてしまったのです。繁忙期に多少の残業が発生するのは、どの職場でもやむを得ないことです。
しかし、それを受け入れられない、あるいは「どうすれば乗り越えられるか」を自分で考えられない。その積み重ねが、今回の早期休職につながったのだと思います。
「自分で乗り越える力」を育てられたか

この一件を経て、職場に静かな疑問が残りました。
「自分で問題を乗り越える力を持たない若者が、これからも増えていくのではないか。」
仕事のスキルやビジネスマナーは、研修で身につけさせることができます。しかし、「自分でつらいと言える力」「問題を自分で乗り越えようとする力」は、職場が一から教えられるものではありません。
それは本来、長い子ども時代をかけて、少しずつ育まれるものだからです。Aさんや親御さんを責めるつもりもありません。
ただ、「困ったら親が何とかしてくれる」という環境で守られ続けた子どもが社会に出てくることで、職場が困惑することになります。
今の職場にできることがあるとすれば、早い段階で「自分の言葉で話せるか」を確認することかもしれません。「今どんな気持ちか」「困っていることはないか」をこまめに聞く、そのわずかな積み重ねが、Aさんのような子を早期に救う手がかりになるはずです。
大人になりきれないまま社会に出ることは、本人にとっても職場にとっても、決して幸せなことではありません。
親が子どもを守ることは愛情です。ただ、その愛情が「自分で乗り越える力」を育てることに向いていたかどうか、この話を読んで、そこに思いを巡らせてもらえたなら、書いた意味があったと感じます。
(ファンファン福岡公式ライター/高屋 さわ)





