新・祖母が語った不思議な話:その漆拾(70)「夢日記」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズ、今回は祖母の友人に降りかかった怪異の話です。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

大正時代も半ばを過ぎた頃。
祖母の友人に小説家を目指す若い男がいた。
その男は目を覚ますたびに枕元に置いた帳面に見た夢の内容を書き付けていた。

「夢は神様がくれる物語の種だ」
そう周囲に言いながら一日も欠かさず続けた。

最初は他愛もない夢だった。
子どもの頃の家。
憧れた異国への旅。
空を泳ぐ魚。

そのおかげか、何作か手応えのある幻想的な作品をものすことができた。

だが、一年経ったころから夢がおかしくなった。

夢の中、一人自分の部屋にいる。
小説を書いている。
どこからともなく自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
そして気が付くと洋装の知らない女と文机を挟んで対峙している。

女は言う。
「お心は決まりましたか?」

口元には隠しきれない笑みが浮かんでいる。
気味が悪くなって立ち上がろうとするが、後ろに誰かの気配がして動けない…

何度も同様の夢を見るうち、文机の上に一冊の帳面が現れるようになった。
それを開いて女が話す通りに書き写す。
目覚めると、枕元の帳面にその夢を書き写す。
繰り返すうちに、夢なのか現実なのか分からなくなっていった。

ある朝、男は覚えのない一文を見つけた。
「久しく空け置きし座なれば、今こそ満ち侍(はべ)る」
たしかに自分の字だった。
気味が悪かったが、寝ぼけて書いたんだろうと思った。

翌朝。
また覚えのない文章が書かれていた。
「御方々も、さぞ喜び給ふらむ」
驚いて帳面を落とした。
拾い上げたときに開いていた頁に見覚えのない筆致で何か書いてあるのに気づいた。
「契り、ここに成りぬ。努々(ゆめゆめ)違ふることなかれ」
その横には自分の署名があった。
男は恐ろしくなり、帳面を閉じた。
「もう二度と夢で見たことは書かない」
そう決めた。

それからひと月、隣の部屋の住人が異変に気付いた。
男の部屋から毎夜なじるような女の声が聞こえる。
男は一人暮らしで女が出入りする様子もない。
家主に事情を話し一緒に待機していると、その夜も女の声がした。
男の部屋の戸を叩くが返事がない。
仕方なく鍵を開け、部屋に入る。
男は誰もいない部屋で壁に向かって謝り続けていた。

男は重い心の病と診断され、直ちに入院することとなった。

…………………………
…………………
…………

3年の時が流れ、男は退院した。
祝いに駆けつけた祖母に男はこれまでの経緯(いきさつ)を語った。

祖母は、どうしても気になったことを尋ねた。
「その帳面は、今はどこに?」

男は長い沈黙の後、小さく首を振りながら言った。
「先月、退院してすぐに仲間が祝いの宴を開いてくれました。そのときに、私に指南をしてくれていたある小説家の先生も来られていたのですが、その帳面がどうしても読みたいと言うので渡しました。もちろん自分の身に起こったことは全て話したのですが」
「その小説家は?」
「○○先生です」

数日前に自ら命を絶った小説家の名だった。

チョコ太郎より

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