新・祖母が語った不思議な話:その陸拾肆(64)「寄宿舎」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

大正時代、ある女子大学の寄宿舎に「夜、洗い髪のまま厠(かわや。トイレ)に立つな」というしきたりが伝わっていた。
新入生たちも先輩から聞かされたその話で持ちきりだった。

「ばかばかしい。そんなの、早く髪を乾かして寝なさいっていう、ただの脅し文句よ」
「ちょっと、千代子、声が大きいって! 舎監の耳に入ったらどうするのよ」
「そうよ、前にここで亡くなった女学生の幽霊が出るって。厠の鏡に映るんだって。顔が白くて、すっごく背が高いんだって…」
「明治時代じゃあるまいし、今は大正の世よ! そんな迷信信じてるなんて遅れてるわ」

友人たちの怯える顔を面白がりながら、その夜入浴を終えた千代子は湿った黒髪を背中に垂らしたまま、薄暗い廊下を厠に向かった。
「ほら、なんにも映らないじゃない!」厠の鏡には千代子が映っているだけだ。

意気揚々と部屋に戻ろうとしたがどこか違和感を覚え、もう一度鏡を見た。
やはり千代子しか映っていない。
「やっぱり単なる噂でしたわね。うん…?…!!!!」
鏡に映る自分の着物の「合わせ」が右前になっている!
鏡は左右が反転するから本当は「左前」に見えるはずなのに、鏡の中の自分は、自分と全く同じ「右前」の姿でこちらを向いている。

「きゃあ……!!!!!!!!!!」

千代子は悲鳴を上げ弾かれたように厠を飛び出した。
暗い廊下を寝所へ向かってがむしゃらに駆ける。
廊下の角を曲がった瞬間、息が止まった。
そこに真っ白い屍衣(きょうかたびら)を身にまとった女がいた。
裾からぽたぽたと水滴を滴らせながら。
背が高く引きずるほど長い黒髪の隙間から白い顔がのぞいている。
その目が千代子を捉え、低く濁った声で呟いた。

「ほどいて」

千代子は卒倒した。

………………
………


「…して! 千代子さん、 しっかりして! 誰か、舎監の先生を呼んできて!」
激しく体を揺さぶられ、千代子は目を覚ました。
彼女は廊下に倒れており、心配そうに顔をのぞき込む友人たちに囲まれていた。
そこにランプを手に舎監の先生が駆けつけてきた。

千代子がガタガタと震えながら、鏡のことや女に「ほどいて」と言われたことを伝えると、友人たちから小さく悲鳴が上がった。
舎監の先生は「夢を見たのだろう」と部屋に戻るように命じたが、その顔は青ざめていた。

「……それ、三年前にお風呂で急死したミツさんだと思う。成仏してなかったんだ。自分が死んだことが認められず、誰かにその屍衣を脱がしてもらおうとずっとさまよっているんだ」
この出来事を耳にした先輩から呼び出された千代子はそう聞かされた。

「な、なぜ夜洗い髪のまま厠に行ってはだめなのですか?」
「髪が濡れたまま亡くなったミツさんが仲間だと思ってやって来るから」

………………………………………………………………

「私の姪が友達から聞いたお話よ」と祖母。
「寄宿舎ってどこか不気味だよね」
「この前、久しぶりに映画を観に行ってこの話を思い出したの」
「へえ! 何という映画?」
「サスペリア」

納得がいった。

チョコ太郎より

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