通院のためベビーカーで電車に乗ると、高齢の男性から怒鳴られました。寝ていた子供が泣き出して自分も泣きそうになったとき、近くにいた意外な人物が一喝してくれたんです。スカッとして、心も温かくなった体験でした。
ベビーカーで電車に乗り込んだ日

生後7カ月の息子の定期検診のため、ベビーカーごと電車に乗ったのは、平日の朝のことでした。
乗り込んでまず目に入ったのが、ドア付近に固まって立っている制服姿の女子高生3人組。リメイクした制服を着て、派手なメイクをした子たちでした。
「そんでぁ~きのうのカレがさぁ~マジウケたのぉ~♪」
「えぇ~ちょっとそれ、ヤバくなぁ~い!」
はしゃぐ声が車内に響いて、周りの乗客がちらりと視線を向けます。正直、少し騒がしいなとは思いました。
でも私には、それより気にしなければならないことがありました。
小児科は駅のすぐそばにあるとはいえ、まだお座りもできない息子を抱っこ紐で連れ歩くのは正直しんどい。
鉄道会社のサイトには「折りたためない場合はそのままご乗車いただけます」と明記してあったので、私は息子をベビーカーに乗せて外出して、そのまま乗車することにしました。
それでも、できるだけ邪魔にならないよう、ドア付近のスペースにベビーカーを寄せ、周囲に小さく「すみません」と頭を下げました。
近くの乗客がちらりとこちらを見た気がして、少しドキッとしてしまいましたが、私は何も悪いことはしていない。そう自分に言い聞かせながら、前を向きました。
息子は移動中にうとうとしてしまったのか、目を閉じたまま静かに眠っていました。
「ベビーカーをたたまないのか!」突然の怒鳴り声

電車が動き出して二駅ほど過ぎたころのことでした。
「おいっ、お前!」
振り返ると、七十代とおぼしき白髪の男性が仁王立ちで私を見つめていました。
「お前だ、お前っ!電車の中だぞ!ベビーカーをたたまんか! 」
なぜか車内にはっきり響く声でした。
混乱で頭が真っ白になりましたが、それでも何とか声を絞り出しました。
「あ、あの…鉄道会社のサイトに、たたまなくていいって書いてあったんですけど」
「そんなもん関係ない!常識で考えろ!周りを見てみろ、迷惑しとるんだ!」
「で、でも…」
男性の声はどんどん大きくなっていきました。周囲の乗客はこちらをちらちら見るだけで助けてくれません。
声に驚いた息子が、ふにゃっと顔をしかめてから、大きな声で泣き始めました。
「子どもひとりも泣き止ませられないのか、母親のくせに!」
泣きじゃくる息子をあやしながら、私自身ももう泣きそうになっていました。
「ごめんね…」
睡眠不足が続いて、体もまだしんどくて、それでも今日は健診に連れてこなければならないのに。
「たたまなくていい」と確認して乗ったのに、なぜ見知らぬ人にこんなふうに怒鳴られなければならないのか…。
車内に響く女子高生たちの一言

「ちょっとぉ~、おじさん!それひどくなぁ~い?」
さっきまでおしゃべりに夢中だった3人組の一人が、突然男性に向かって言いました。
「このお母さん何も悪くなくなぁ~い?」
「てか赤ちゃん泣いてんの、おじさんが怒鳴ったからじゃん?」ともう一人が続けます。
「そっちのほうがよっぽど迷惑ぅ~♪」
男性は「な…」と口を開きかけたものの、きまり悪そうに黙り込んで、次の駅で降りていきました。
車内のあちこちからパラパラと拍手が起きました。拍手がおさまってきたころ、女子高生3人組が息子をのぞき込んできました。
「お母さ~ん大丈夫~?」
「わ~かわい~♪」
「やば、めっちゃ柔らか~い♪」
私は涙が出てきて、嗚咽をこらえながらなんとか「…ありがとうございます」と絞り出すと、彼女たちは照れたように笑って「気にしな~い気にしな~い♪」と言ってくれました。息子はもう泣き止んで、きょとんとした顔でまわりを見回していました。
さっきまでちょっと騒がしいなと思っていた3人に、こんなふうに助けてもらうなんて。
怒鳴り声が飛んできたとき、車内の空気は凍りつきました。そんななか彼女たちは声を上げてくれました。
正しいことを言えるひとがいる。それだけで、ずいぶん救われるのだと知りました。
大きくなったらこんな人になってね…そう心の中でつぶやきながら、私は目的の駅に着くまで息子の寝顔を見つめていました。
(ファンファン福岡公式ライター/shinobu)





