産後3カ月、私は初めての育児に翻弄されていました。慣れない抱っこで手首は腱鞘炎になり、食事をゆっくり摂る暇もありません。「わが家で私だけが孤独な戦いをしている」そんな風に追い詰められていた私に、夫が笑顔で放った「夕飯作ってあげようか?」という言葉。一見優しい提案が、なぜ私の地雷を激しく踏み抜いたのか。夫と衝突し、本当の協力関係を築くまでの実体験を綴ります。
限界突破のワンオペ育児と「察してくれない」絶望感

その日の息子は朝から機嫌が悪く、ベビーベッドに寝かせると火がついたように泣き叫びました。私は昼食は立ったままパンをかじるだけで、夕方には体力も精神力も限界でした。
19時すぎに夫が帰宅したとき、私は髪を振り乱して息子をあやしていました。この惨状を見れば、どれだけ過酷な一日だったか分かってくれると期待したのです。
しかし、夫の口から出たのは「まだ食事できてないの?」という言葉。
私の心の中に、どろりとした負の感情が湧き上がりました。
夫の「作ってあげようか?」にブチ切れた!

さらに夫は、爽やかな笑顔でこう言ったのです。「大変そうだね。今日、俺が夕飯作ってあげようか?」
その瞬間、喉の奥がカッと熱くなりました。「作ってあげる」という言い回しは、家事を自分のことではなく「私の仕事を手伝う」と考えている証拠です。
「あげるって何?自分の家の食事でしょ!」私は震える声で叫び、息子を抱いて寝室へ逃げ込みました。優しさの皮を被った「他人事」な態度が、私の胸の奥にたまっていた怒りを爆発させたのです。
私が欲しかったのは「料理」ではなく「当事者意識」

翌日、冷戦状態のなかで話し合いをしました。夫は「良かれと思って言ったのに、なぜ怒るのか分からない」と困惑した表情。
私は、料理そのものに怒っているのではないと伝えました。献立を考え、冷蔵庫を管理する。その「考える労力」まで私に丸投げし、気が向いた時だけ手を貸すスタンスが悲しいのだ、と。
「育児も家事も2人のこと。手伝うという言葉はもう使わないで」涙ながらの訴えに、夫はようやく自分の当事者意識が欠けていたことに気づいたようでした。
「手伝う」を卒業!自分事として動いてくれるように
衝突を経て、わが家には新しいルールができました。夫は「何かすることある?」と聞くのをやめ、自ら冷蔵庫を見て副菜を作ったり、息子の風呂を準備したりするようになったのです。
それまでは「手伝うよ」と言っていた夫が、「俺がやるよ」と言うようになりました。夫の言葉の主軸が「俺」に変わったことで、私の心のトゲは少しずつ消えていきました。1,000円のスイーツより、夫が「名もなき家事」を自分事として動いてくれる方が、今の私には何倍も救いになります。
あの時、本音を飲み込まなくて正解でした。今では2人で協力して食事の準備をする、穏やかな時間が流れています。
パートナーの「手伝う」という言葉にモヤッとしたら、それはあなたが一人で踏ん張っている証拠です。地雷の正体は、あなたのわがままではなく「責任の偏り」への叫びかもしれません。
パンクして心が壊れる前に、勇気を出して「自分の事として動いてほしい」と伝えてみてください。そこから、家庭を本当の意味で支え合えるチームとして始まっていくはずですよ。
(ファンファン福岡公式ライター/ゆうママ)





