新・祖母が語った不思議な話:その参拾肆(37)「杣人の話・正五九(しょうごく)」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

友人で杣人(木こり)の水丸さんの小屋に幼い祖母と父はいた。
水丸さんの案内で茸を山ほど採った帰りに立ち寄ったのだ。
季節は秋の終わり。

「お主は一年中山の中におるが、休む日もあるんか?」
水丸さんの煎れた茶を飲みながら父が聞く。
「そうさな、おかげさんで体も丈夫で風邪もひかんしなぁ。しかし年に三日は山に入らん日がある」
「そりゃいつじゃ?なんで?」
「正五九(しょうごく)の九日じゃ」
「正五九?」
「正月・五月・九月よ」
「してまた何故?」
「山の神の日じゃからな。前日に粟飯・酒・虎魚(おこぜ)を供えて、当日は山には入らん」

「ふーん。入ったらどうなるんじゃ?」
「その日はな、山の神が木の数を数えて百本ごとに目印として捻(ひね)るんじゃと。ほれ、時々二本の木が妙な形に捻(ひね)られたのを見るじゃろ?山の中におったらその邪魔になるからの」

「なるほどのう。しかし、その日に入った者もおるのでは?」
「おお、なにも知らずに入る旅人はおる。ほとんどは何事も無いが、中には恐ろしいモンを見て、こけつまろびつ逃げて来るやつもおる」
「恐ろしいモンって何じゃ?」
「赤子くらいの大きさの真っ赤な生きもんが周りの木に何匹も登ったり下りたりしとったんじゃと」

「気味が悪いのう…知っていて入るのはどうじゃ?」
「儂らみたいな杣人、猟師は入らん…が、昔一人おった」
「なんで入ったんじゃ?」
「うん、儂が五つくらいの話じゃ。前日に皆でお供えと神事を行ったその帰り、三吉っちゅう若い杣人が供えた酒の残りを飲んで酔っぱらってな、そのまま眠ってしもうたんじゃ。頰を叩いたり水をかけたり皆が起こそうとしたが高いびきで全然起きん。仕方なく山小屋に運んで寝かせたよ。『じきに目を覚まして下りて来るじゃろ』と年嵩(としかさ)の猟師が言うので皆山を降りたんじゃが…」

「どうなった?」
「その日から姿が見えんようになってな。皆で探しまわったが、おらん。あきらめかけたときある場所の上を何羽もの鳶(とび)が飛び回っておるのに気がついた。その場所に行ってみると高い高い杉の木のてっぺんの枝に三吉がしがみついておった。皆で苦労して下ろし、小屋まで運んだ」

「なんでそんな所にいたんじゃ?」
「三吉は『夜中に目が覚めて、こりゃ早よ山を降りんといけんと思って小屋を出たら女がいた。奇麗な顔じゃったがどういう訳か怖くて怖くて震えが止まらん。女の手がすっと伸びて儂の襟首を掴んだと思うたら気が遠くなった。そして気づいたら木の上におった』と言うんじゃ」

「木を数える邪魔になるからよけられたのじゃろうな」
「うむ。それから山の神に新たにお供えをして皆で謝った。それからは何もなかったぞ」
「ふむ。その女が山の神だったんじゃな」
「きっとそうじゃよ」
「ウチの山の神も怒らせると怖いからのう」
「ははは、そうか!」
二人は大笑い。

「『ウチの山の神』って何?」祖母が聞く。
「ああ、そりゃお嬢ちゃんのお母…」
「水丸、そこまでじゃ!帰ってから儂が怒られる!」
「ははは、そうか!」
水丸さんは大笑い。

夕陽に染まる山道を三人はゆっくり下っていった。

チョコ太郎より

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