明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

子どもの頃、家の風呂は母屋と別にある五右衛門風呂だった。
夕方になると焚きつけをするのが日課だった。
ある秋の夕方、近所に住む山本さん家の奥さん・小穂(ちほ)さんが回覧板を持って来た。
「風呂焚き、上手だね。私の実家も五右衛門風呂だったから毎日焚いたけど、苦手だったなぁ」
「そうなんだ」
「あ、そうそう。ちょっと不思議なこともあったんだ。私が三歳くらいの頃」
「え? どんなこと? 聞かせて!」
それじゃあ、と積んである薪を椅子がわりに座ると小穂さんは話し始めた。

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【小穂さんの話】
「お父さんがいない……」
母親が不安そうに呟いた。
夕食の支度をしようと姿を探したが見当たらない。
家にも、庭にも、物置にも、どこにもいない。
祖父母と母親の三人は近所の路地や田んぼのあぜ道まで探し回った。

暗闇が深まるにつれ、最悪の想像が頭をよぎる。
川に落ちたのではないか、事件に巻き込まれたのではないか。
三人は疲れ果て、血の気の引いた顔で家に戻ってきた。
絶望に沈む中、部屋の隅に座っていた娘のちいちゃん(小穂さん)がぽつりと言った。
「……おとうちゃん、ねてる」

母親は縋(すが)るような思いで娘に駆け寄った。
「ちいちゃん、お父さんを知ってるの? どこにいるの?」
「おとうちゃん、ねてる」
「お父ちゃんがいないのよ。どこにもいないの」
「おとうちゃん、ねてる。おふろで、ねてる」

―お風呂!?
祖母がハッとしたように息をのんだ。
風呂も見たはず…だが、その時は電灯をつけず、ただ戸を開けて中を覗いただけだった。
「まさか……」
三人は離れにある風呂へと向かった。
軋む引き戸を開けるが、誰もいない。
母親が浴槽に被せられている木の蓋をずらした。
五右衛門風呂の底――その狭い鉄の窯の中に、父親は丸まっていた。

父親は病院へ搬送された。
心筋梗塞で、あと少し発見が遅れると危ないところだった。
数日後、母親はちいちゃんに問いかけた。
「ねえ、ちいちゃん……。あの日、どうして父ちゃんがお風呂の中にいるって分かったの?」
ちいちゃんは母親の顔をじっと見つめ、きょとんとした顔で答えた。
「こうめちゃんがいったの。『おとうちゃんはふろでねてる』って」
「小梅ちゃんってだあれ?」
「ちいちゃんがひとりでいるとくるの」
「どんな人?」
「あかいきものこ。ちいちゃんとおなじくらいのおんなのこ」

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「この話、中学生になった時に母が話してくれたんだけど、私は全然覚えてなかったの」
「『小梅ちゃん』って何だったんだろう?」
「母の話を聞くまで忘れていたけど、子どもの頃いつも側にいたような気がするの。何だろうね」
「…ご先祖様…とか?」
「祖母はそんな名前の人はいなかったと言ってたのよ」
「ふ〜ん。不思議だね」
「さて、暗くなってきたからボチボチ帰るわ。焚きつけ、頑張ってね
小穂さんは夕闇に消えて行った。






チョコ太郎より
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