小学校の授業参観で「お母さんの得意料理」を発表した息子。その普通すぎる答えに安心したのも束の間、教室が温かい笑いに包まれた参観日の出来事をご紹介します。
「お母さんの得意料理は…」

小学校の授業参観の日、そのお題を背負って息子が教室の前に立ちました。子どもたちが一人ずつ、家族について発表していくという企画です。
順番が近づくにつれ、息子は原稿を握る手にぎゅっと力を込めていました。普段は落ち着きのない息子が、あんなふうに真剣な顔をするのは珍しいなと、私も保護者席の後ろの方で、柄にもなく緊張しながらその様子を見守っていました。
拍子抜けするくらい、ふつうの答えの続き

「お母さんの得意料理は…ハヤシライスです」
得意料理と胸を張れるほど手の込んだものでもないのに、と少し照れくさくなりながらもとんでもないメニューを言われるよりはよかった、と内心ほっとした自分がいました。私はまだこの時点では、平和な発表で終わるものとばかり思っていました。
けれど、息子の発表はそこで終わりませんでした。
「マ、…お母さんの仕事は看護師です。お母さんが夜勤の日のご飯で一番多いのは、ハヤシライスです。夜になったら、それを温めて食べます」
時々「ママ」と言い間違えながら、息子はゆっくりと続けました。
「お父さんはお母さんに、夜勤の日くらいは何もしなくていい、と言っています。でもお母さんは、必ず僕たちのためにご飯を作っていきます。どうしてなのか聞いたら、お母さんはこう言いました。『ママのご飯が好きだって言ってくれたから、頑張って作ってるの』」
その一言を聞いた瞬間、目じりがじんわりと熱くなるのを感じました。
看護師としての現実と息子の言葉
夜勤前はただでさえ支度で慌ただしいのですが、着替えを済ませ、持ち物を確認した後に、時計を気にしながら台所に立ちます。
限られた時間の中で鍋を火にかけながら、正直「今日は作らなくてもいいかな」と弱気になる日もあります。夫からも「無理しなくていいのに」「たまには買ってきたものでいいんじゃない」と何度も言われてきました。
それでも結局、いつも通り台所に立って、鍋いっぱいのハヤシライスを作ってから出かけていきます。
理由なんて手軽で簡単だから、そんな簡単な理由もちゃんと説明できたことはありません。
ただ、いつだったか息子が「ママのご飯、好き」とぽつりと言ってくれたことがあって、それが理由といえば理由だった気がします。忙しさにかまけて忘れかけていたその一言を、息子は私よりもずっと大切に、心の奥にしまっておいてくれたのが嬉しかったです。。
まさか、あんな何気ない一言を、息子がちゃんと覚えていて、しかもクラスのみんなの前で発表するなんて思ってもみなかったです。教室の空気が一瞬やわらかくなり、先生も目を細めてこちらを見ていたように思います。
恥ずかしいような、くすぐったいような、それでいてどうしようもなく嬉しいような、複雑な気持ちが胸いっぱいに広がりました。
普段から家の誰よりも几帳面で真面目だけど、時々べったりと甘えてくる息子。べったりくっついてきては、あれこれ甘えてくる、そんな息子です。そんな彼が、私の見えないところで、ちゃんと私のことを見ていて、覚えていてくれたのだと知って、思わず苦笑いがこぼれました。嬉しいのに、素直に喜んだ顔を見せるのはなんだか照れくさくて、うまく表情を作れませんでした。
参観日の帰りに…

授業参観が終わり、帰り道に隣を歩く息子の頭を軽くなでながら、「ハヤシライス、また今度作ろうか」と声をかけると、息子は満面の笑みでうなずいてくれました。
得意料理と呼ぶには、あまりにも普通な一皿。手の込んだ料理でも、特別な日のごちそうでもない。それでもそこには、忙しい毎日の中であっても、私たち親子だけの小さな約束のようなものが、たしかに詰まっていたのだと思います。
次の夜勤の日も、きっと私はハヤシライスを作る。今度は、少しだけ胸を張って。そして玄関を出るとき、心の中でもう一度、あの日の息子の言葉を思い出すことでしょう。
(ファンファン福岡公式ライター/shinobu)





