新・祖母が語った不思議な話:その陸拾漆(67)「傘はささない」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

数年前の6月、幼なじみの今田君から連絡が入ったので地元に帰った。
朝から激しい雨だったので落ち合うとすぐに喫茶店に入った。
戦前から営業しているのではなかろうかと思うほど古い喫茶店だった。
二人とも濡れ鼠だったので、温かいコーヒーを頼んだ。

「WEBで連載しているおばあちゃんの話、面白いね。毎回読んでいるよ」
「ありがとう!」
「実は一つ面白い話があるので、連絡したんだ」
「それは聞かせてもらいたいな」
「もともとそのつもりだよ」
そう笑うと今田君が語り始めた。

「うちの祖母は、雨の日でも絶対に傘を差さない人だったんだ。どれだけ強い雨が降ろうと、外出するときは頑なに黄色い雨合羽を頭からすっぽりと被り、長靴を履いて出かけていく。敬老の日にちょっといい傘を贈っても箱から出しもしてなかった」
「へえ」
「あれは社会人になった年だったかな…ある大雨の午後、久しぶりに実家に帰ったんだ。玄関のベルを鳴らすが誰も出ない。裏口に回りドアを何度かノックすると祖母が出てきたんだ。一人で留守番していたらしい。しばらく二人で窓を叩く雨音を聞きながら思い出話をしていたんだけど、ふと気になっていたことを聞いてみた」
「何て?」
「『そういえばおばあちゃん、絶対に傘ささないよね。なにか訳があるの?』ってね。そして祖母が語ってくれたのがこんな話だよ」
そこまで話したところで湯気を立てたコーヒーがきた。

……………………………………………

【今田君の祖母の話】

昭和5年の梅雨。
その日も、今日みたいな大雨だった。祖母は二十歳。
入院している友人のお見舞いの帰り、ぬかるんだ田舎道を一人で歩いていた。
差していたのは、家の倉庫の奥で見つけた黒い番傘。
まだ夕方なのに人影もなく、辺りには激しい雨音だけが響いていた。

どんどん暗くなる田舎道を足早に歩いていると後ろから「じゃり……、じゃり……」と泥を踏みしめる音がした。
誰かが後ろを歩いているのかと思い、振り返った。
誰もいない。
ただ雨が激しく降っているだけだ。

気のせいかと思ってまた歩き出すと、やっぱり後ろから「じゃり……、じゃり……」と聞こえる。
気味が悪いので早足になったが、足音はついてくる。

もう一度振り返ったが誰もいない。
どこかに潜んでいる? …祖母はたまらず叫んだ。
「誰ですか! 隠れているんでしょ!」

しかし、人の気配はない。
一本道の向こうまで、雨煙が白くかかっているだけだ。

こんな日は早いとこ家に帰るに限る…再び歩き出そうとしたその時、

「ふふ」

今度は笑い声が聞こえた。
自分が差している傘の内側から。

祖母は悲鳴を上げ、傘をその場に放り捨てると家まで無我夢中で走った。
ずぶ濡れになった祖母はそれから数日間寝込んだ。

熱が下がったのは、五日ほど経った頃、雨も止んでいた。
雲一つない青空の下、祖母は恐る恐るあの場所に行ってみた。

傘は風に飛ばされることもなく草むらに転がっていた。
緊張しながら近寄り、そっと開いた。
傘の内側に一箇所紙が貼ってある…穴を塞ぐためだろうか? さわると簡単に剥がれた。
黒く塗られたその紙は古い写真で、裏には画像が焼き付けられていた。
幼い女の子が写った古い古い画像が。

……………………………………………

「『持ち帰って供養すれば良かったんだろうけど、とにかく女の子の顔が怖くて置いてきてしまってね…それ以来どうしても傘がさせなくなったの』って祖母は言ったよ」
「どんな表情だったんだろう?」
「どうだったんだろうね…確認しようにも祖母はもう空の上だしなぁ」
今田君がコーヒーを一口飲んだ。

気がつくと店内の客は我々だけになっていた。
いつの間にか音楽も止まり、雨の音だけが強まっていた。

チョコ太郎より

お読みいただき、ありがとうございます。「まとめて読みたい」とのご要望をたくさんいただきました。下のボタンからお入りください。

ご希望やご感想、「こんな話が読みたい」「○○妖怪の話が聞きたい」「不思議な話を知っている」といった声をぜひお聞かせください。一言でも大丈夫です!下記のフォームからどうぞ。

記事をシェアする

※この記事内容は公開日時点での情報です。

プロフィール

チョコ太郎のアバター
チョコ太郎

子ども文化や懐かしいものが大好き。いつも面白いものを探しています!

タグ

フリーワード検索

目次