明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズ、今回は「岩見と蜘蛛」のお話です。


その頃、治平おじいさんの畑は酷いありさまだった。
炭焼きのかたわら丹精込めて育てた野菜が、夜な夜な現れる野ネズミの群れに食い荒らされていたのだ。
治平さんに娘のように大切に育てられている子だぬきは罠を仕掛け、ようやく一匹の大きな野ネズミを捕らえた。

その夜、妙な気配に目を覚ました子だぬきは、暗がりに立つ不気味な赤い影を見た。
影は治平さんに覆いかぶさり耳元で呟いた。
「……おい。……返事をしろ……」
その声を聞いた瞬間、子だぬきはかつて母狸から聞かされていた恐ろしい話を思い出した。
「枕元に立って呼びかけてくる赤い影がいても、決して返事をしてはいけないよ。返事をしたものの体を乗っ取り、中身を少しずつ消し去る妖(あやかし)だから」
治平さんの唇がピクリと動いた。
このままではおじいさんが消されてしまう…子だぬきは恐怖に震えながらも驚きの行動にでた。

妖がいら立ち「聞こえぬのか! 答えろ!」と凄んだ瞬間、野ネズミの尻尾を引いた!
野ネズミは「チュウッ!!」と高く鳴き声を上げる。
「し、しまった!」
妖は治平おじいさんではなく、呼びかけに答えた「野ネズミ」へと吸い込まれた。
子だぬきがホッとしたそのとき、ネズミは変化しはじめた。
その強大な魔力にネズミの体が膨れ上がり、牛ほどもある「巨大な化け鼠」へと変異したのだ。
「じじいの体を奪うはずが、こんな畜生に……! 皆食い殺してやるわ!」
巨大な尻尾が襲う。
吹っ飛ばされた子だぬきは気を失った。

万事休す!
そのとき外から賑やかな声が響いた。
「おーい! 起きてるかーい? 岩見様のお仕事で遅くなっちまったけど、野ネズミ退治に来たよぉ…って、なんだこの大ネズミは!」
「こんな妖が巣食っていたのか!」
野ネズミ退治を頼まれていた岩見と絡新婦(ジョロウグモ)の絲の到着だ!
「ははん。こいつは虚だ、岩見様! ネズミを斬っても本体は逃げちまう。私が『中身』を引きずり出すから一太刀で!」
「心得た!」
絲が指先から放った銀色に光る糸が大ネズミの体にすっと入り込む。
そして蠢く真っ赤な丸い塊を引きずり出した。
それは肉体ではなく魂に干渉する秘術「玉縛(たましばり)」。

「岩見様、今ですよ! 」
「承知!」
岩見の放った一閃は「妖怪の核」を鮮やかに両断、膨れ上がっていた魔力は霧散し、ネズミの体は一気に萎んでいった。

「やれやれ……『玉縛』なんて久しぶりに使ったんで、疲れちまったよ。ねぇ岩見様、甘味でも食べにいきましょうよ」そう言って絲は、岩見の腕にしなだれかかった。
やれやれと首を振りながらも、まんざらでもない様子で岩見は刀を収めた。

これだけの騒ぎにもかかわらず治平さんは鼻提灯。
そばに倒れていた子だぬきは、絲が抱き上げると目を開けた。
「あ、岩見様に絲姐さん! お二人は命の親です!おや?」正気に戻った野ネズミが子だぬきに擦り寄ってきた。
以前の凶暴さは消え、チュウチュウと頭を下げる。
「よしよし、これからは畑を荒らさないでここで一緒に暮らそうね」
ネズミは嬉しそうに子だぬきの隣にちょこんと座った。

「あはは、いい弟分ができたねぇ」
岩見と絲は笑いながら朝の陽光の中をゆっくり去っていった。





チョコ太郎より
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