新・祖母が語った不思議な話:その伍拾陸(56)「辻斬り」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズ、今回はご要望の多かった「犬に関する話」です。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

家光が将軍だった頃、ある地方の城下町で辻斬りが続いていた。
腕を見込まれ一馬という侍が見回り役を仰せつかった。
愛犬・斑(ブチ。子どもの頃の体毛に因んで付けられた。成長して真っ黒になったが名前はそのまま)を連れて夜回りをしていた一馬だったが、五日目の朝に無残な姿で見つかった。

刀は真っ二つに折れ、腕も千切れる寸前…太刀筋は粗いだが恐るべき剛力だということが一目で分かる。
一馬の身体の下からは大怪我を負った斑が見つかった。
「一馬…お主との勝負、つかぬままだったな…」
斑は一馬の突然の死に駆けつけた、同門で互いに切磋琢磨した知音(ちいん。親友)の新左衛門に引き取られた。

その夜から新左衛門は藩に届けず密かに夜回りを始めた。
ひと月ほど経った夜、新左衛門は獣じみた奇妙な笑い声を聞いた。
声の出どころの四つ辻に駆けつけた新左衛門は、道端に倒れた侍に大きな赤い影がかがみ込んでいるのを見た。

こいつだ!
新左衛門が抜きつけると赤い影は飛び下がり、そのまま闇に消えていった。
手応えはあった。だがまるで岩を斬ったような硬さだった。

倒れている侍に駆け寄る。傷は深い…
介抱しようと抱きかかえた瞬間に新左衛門は夜回りの役人に取り押さえられた。
新左衛門は一連の辻斬りの下手人とされた。
腕が立ったのが災いしたのだ。

それからひと月。
新左衛門は刑場に引き出されていた。
執行人は、七尺(約2.1m)にも届こうかという巨躯を誇る男。
まさに太刀が振り上げようとしたその刹那、空気を切り裂くような咆哮と共に斑が刑場へ走り込んできた。
斑は迷わず執行人の袴に食らいつき、その裾を激しく引き裂く。

中から現れたのは、赤黒い剛毛に覆われた獣の脚!
「…あの時の犬か!」執行人の姿が徐々に正体を表す。
真っ赤な毛に覆われた異形、猩々(しょうじょう)だ!

「場所を変え、時を変え、あと一人で百人…達人を斬れば妖(あやかし)の位が上がるのだ!」

新左衛門という「最高の獲物」を屠るべく、巨大な太刀を振り回して襲いかかってきた。

周りの役人たちも斬りかかったが全く相手にならず、次々と倒れていく。
新左衛門は何度も斬撃を入れたが、やはり手応えは岩を斬るようだった。
逆に肩を裂かれ、脚を斬られ、刀も折れた。
斑もまた猩々の強烈な一撃を食らって右の前脚を斬り飛ばされた。
それでも斑は立ち上がり、力を振り絞って猩々の足首へ捨て身の体当たりを敢行した。

「ぬうっ!」

不意を突かれた巨体が大きく体勢を崩し、前のめりに倒れ込む。
その拍子に、猩々の脇の下に毛の生えていない箇所があるのが見えた。
新左衛門は折れた刀を握り直し、渾身の力を込めて突き通した。

猩々の目から光が消えていった。

「お主が残してくれた斑がいなければ儂の命もなかった。かたじけない」」
傷も癒え、冤罪も晴れた新左衛門は一馬の墓に報告した。
傍には斑が寄り添っていた。
化物退治で名を挙げた新左衛門は、武道の指南役に取り立てられた。

それから十年。
斑はその生涯を閉じた。
新左衛門は一馬の墓の隣に小さな石塔を建てた。
そこには今も、二人の主人のため死地に飛び込んだ一匹の犬の魂が眠っている。

…………………………………………………………

「しょうじょうはなんで切られても平気だったの?」
「身体中に松脂を塗っては赤土の所で転がり、また松脂を塗っては転がり…それを繰り返して岩の鎧のように硬い衣を手に入れたんだよ。唯一脇の下だけは塗り忘れていたんだね」
「へえ、面白いね!」
「そうかい?」
「うん! おばあちゃん、またいろんな話を聞かせてね」

小学一年生、春の日曜日はゆっくり過ぎていった。

チョコ太郎より

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