「何どし?」幼稚園に入った頃、いろんな人からそう尋ねられるようになりました。
十二支のことは知っていても、なぜみんなが聞きたがるのか、小さい頃の私にはよく分からなかったのです。
でも、ある日祖母から聞いた話で、干支にはもっと深い意味があることを知りました。祖母から聞いた、戌年にまつわる不思議な実話怪談をお届けします。
「何どし?」

幼稚園に入った頃、いろんな人から「何どし?」と尋ねられるようになった。
不思議に思ったので「なぜみんな何どしかきくの?」と祖母に聞いた。
「十二支といって生まれ年によっていろんな動物が当てはめられていてね。それがその年生まれの人の性質や運を表しているって昔から考えられているから。十二年でひとまわり…自分と同じ干支だと仲間のように感じるしね」
「ふ〜ん。どんなどうぶつが当てはめられているの?」
「子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥(ねうしとらうたつみうまひつじさるとりいぬい)…ねずみ、うし、とら、うさぎ、りゅう、へび、うま、ひつじ、さる、にわとり、いぬ、いのししの十二種類よ」
「へえ!」
「そうだ、私のおばあさんから聞いた話を思い出したよ。話して上げようか?」
「うん! 聞かせて聞かせて!」
それではと祖母は話し始めた。
子宝を願う姉妹

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昔々、赤ちゃんが欲しいと願っている小夜・長夜という姉妹がいた。
二人そろって豪族の長男、二男に嫁いできて三年経ったが子宝に恵まれない。
そこで子授けのご利益があると名高い隣り町の水天宮に詣ることにした。
だがそこに行くには赤い化物が人を獲ると噂の山を越えなければならない。
これまでに何人もがいなくなっていたが、不思議なことに戌年の者と一緒だと怪異に遇うことはなかった。
しかし二人は戌年ではない。
「おらが一緒だで大船に乗った気でいてくんろ。怪しい奴がいたらこれでぶってやるで」と天秤棒を見せながら笑う戌年の下働きの娘・ハナを連れて二人は出かけた。
赤い化物

竹がびっしりと生えた山の道は細く暗く、右手側は険しい斜面が続いていたが、三人は何事もなく進み、さあこれから峠越えだというところで昼にすることにした。
各々が弁当を広げようとしたとき、ハナが腰を下ろした崖側の岩がグラっと傾いた。
「あ〜っ!」っという叫び声を残してハナは斜面を滑り落ちていった。
「ハナ〜! 生きとるか〜!」「返事しろ〜!」
二人が下を見ると十間(約18メートル)ほど下からハナは手を振った。
やれやれと安心したそのとき、竹薮から嗤(わら)うような声がした。
「戌年はおらん。戌年はおらん」
ざわざわと竹を揺らし、大きな赤い化物が出てきた。
二人もおる!!!

小夜・長夜はなす術(すべ)もなく手を取り合ってしゃがみ、目をつむって観音さんに祈った。
化物の気配はどんどん近づき、獣臭い息づかいがかかるほど側に来た。
「どちらを喰おうか、両方喰おうか。どれどれ」
大きな手が二人をつかむと引き上げた。
もう駄目だと観念した刹那、つかんでいた手が離れ化物が叫んだ。
「げぅ! おるおる! 二人もおる!!!! うわぁ〜〜〜!!!!!!!!!!!」
周囲が嘘のように静かになって二人が目を開けると化物の姿はなく、斜面に滑り落ちた跡があった。
これは下に落ちたに違いない。となるとハナが心配だ。
二人は急ぎ山道を下った。
頭を割られた猩猩

崖下に着くと天秤棒を持った擦り傷だらけのハナが笑っている。
「こいつが上から降ってきたんで、思わず天秤棒を喰らわしたらコロリとおっ死んだだよ。化物ちゅうてもてえしたことはねぇな」
見ると年を経た大きな猩猩(しょうじょう。猿の化物)が頭を割られて死んでいた。
これはお参りどころではないと引き返し、村人たちを連れて戻ると猩猩の骸(むくろ)を持ち帰った。
戌年の男の子

小夜・長夜はそれから十月(とつき)ほどして玉のような戌年の男の子を産んだ。
ハナは「天秤棒のおハナ」と呼ばれるようになり、その噂を聞きつけた御武家に嫁入りすることとなった。
猩猩の木乃伊(みいら)

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「おなかの赤ちゃんが守ったんだね! あ、ばけもののむくろはどうなったの?」
「村の入口にお堂を作り、その中に猩猩の木乃伊(みいら)を安置したそうだよ。それを見た他の化物たちに『この村には入るまい』と思わせるようにね」
「へえ〜ばけものよけ! おもしろいね」
「干支の話は他にもあるから、また聞かせてあげようね」
そう言って祖母は笑った。
(ファンファン福岡公式ライター/チョコ太郎)
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※本記事は、ファンファン福岡に掲載された公式ライター・チョコ太郎の『續・祖母が語った不思議な話:その陸拾肆(64)「干支」』を基に、内容を再構成・リライトした怪談記事です。明治生まれの祖母から語り継がれた体験を題材としています。


