大学時代、友人から聞いたある話が、ずっと心に残っていました。
ドラム合宿で訪れたのは、大分の山奥にある竹薮に囲まれた古い村。
楽しくなるはずだった夜、誰もいないはずの裏手から、「ぽん」と鼓の音が聞こえてきたのです。
近づいてくる音。戸を鳴らした「何か」。
あの夜のことを思い出すたび、今も背筋がすっと冷たくなります。
友人の話がきっかけだった
もうどれほど前のことになるだろうか。
大分県のTという山村を訪ねたことがある。
観光地でも名所でもないその村には、竹薮が一面に広がり、宿泊施設も民宿が一軒あるだけだった。
そんな場所をわざわざ訪れたのは、高校時代の友人・矢野君から聞いた、ある不思議な話がきっかけである。
ドラム合宿は竹薮の村で

矢野君が語ったのは、大学2年の春のことだった。
友人たち4人でバンドを組み、自身はドラムを担当していたという。
気楽な活動を予定していたものの、ギター担当の山野君が地元イベントのライブ出演を決めてしまい、にわかに練習が本格化した。
なかなか息が合わず、山野君が「合宿しよう!」と提案。
そこにベース担当の井賀君が、「実家の村なら、どれだけ音を出しても大丈夫」と案を出した。
こうして金曜から三日間、大分県のT村で練習合宿を行うことになった。
音を出してもいい家
夕方に村へ到着した彼らは、まず井賀君の実家に挨拶を済ませ、その後“隠居家”と呼ばれる藁葺きの古民家に向かった。
五体の石仏が傍らに並び、竹薮の中に半ば埋もれるように建っていた。
内部には家具や食器がそのまま残されていたが、どれも長く使われていない様子だった。
弁当を広げての夕食中、矢野君は棚の上の古いお菓子の缶に目を留めた。
懐かしい缶を3つほどテーブルに並べ、スティックで叩いてみると、意外にも音のバランスが良く、ドラム代わりとして夢中になって叩いていたという。
竹薮から聞こえた音

「風呂に行こう」と声をかけられたが、「後で追いかけるよ」と返し、3人を見送ってひとり缶を叩き続けていた。
すると、裏の竹薮から、「ぽん」という音が聞こえた。
鼓のような音だった。
気のせいかと思って再び缶を叩くと、また同じ音が返ってくる。
叩けば鼓が鳴り、止めれば鼓も止む。
まるで“合わせてくる”かのように。
「ぽぽぽぽぽん」
そう気づいたとき、鼓の音がだんだんと近づいてきていることに気づいた。
恐怖がこみ上げ、スティックを放り投げると、玄関の外で「ぽん」と一際大きな音が鳴った。
息を潜め、「鍵をかけなければ」と立ち上がろうとしたその瞬間、戸がガタガタと揺れた。
全身が凍りついた。
恐怖と寒気で意識が遠のいていったという。
覚めたとき、布団の中に
気がつくと布団に寝かされていた。
風呂から戻った3人が倒れている矢野君を見つけ、運んでくれたのだ。
鼓の話を口にする気にもなれず、翌朝一番で駅まで送ってもらい、ひとり先に帰路についたという。
それからしばらく、矢野君はドラムの前に座ることすらできなかった。
夏のライブは散々な結果に終わったそうだ。
石仏の先で、あの家を見た

矢野君の話を聞いてから2カ月後、どうしてもその家と竹薮が見たくなり、自分はT村を訪ねた。
山々の紅葉が美しい観光シーズンだというのに、村は閑散としていた。
車を公民館に停め、1時間ほど歩き回っても村人の姿はない。
やがて、五体の石仏を見つけた。
その奥、竹がうっそうと茂る中に、確かにあった。あの古民家が。
「これか」と近づこうとしたそのとき、後ろから声がした。
「そこんし、そっちはいかんね(そこのあなた、そっちに行ってはいけない)。そか、おおじいとこ(そこは怖い場所)じゃら」
振り返ると、腰の曲がった小柄な老婆がじっとこちらを見ていた。
「おおじい(怖い)?」
「古より人のようのうなっちょります(昔から、人がいなくなるんです)」
その瞬間、全身から冷や汗が噴き出した。
老婆に礼を述べ、踵を返した。
一度は確かめたかったという未練もあったが、振り返ると老婆の姿はどこにもなかった。
竹薮の奥へ近づく気持ちは、きれいに消えていた。
(ファンファン福岡公式ライター/チョコ太郎)
※本記事は、ファンファン福岡に掲載された公式ライター・チョコ太郎の連載「祖母が語った不思議な話」で過去掲載された記事を、再構成・再編集したものです。


