新・祖母が語った不思議な話:その漆拾陸(76)「民俗調査その3・写真」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

先日蝉時雨の中、炎天下の天神を歩いているときに忘れていた記憶が突然蘇った。
あれは大学三年の暑い夏、壱岐で行われる民俗調査に参加していたときのことだった。

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調査最後の日、ある地区で木でできた人形(ひとがた)が祀られているのを見つけた。
漁師町だったのでおそらく船霊ではないかと思い写真を撮っていると、後ろから声をかけられた。
「何をやっているのかい?」
振り向くと、日焼けした中年の男が立っていた。

「大学の調査で壱岐の習慣や民間信仰を調査しています」
そう答えると、男はしばらく沈黙し、そして言った。
「もっと珍しいものがあるけど、見に行くかい?」
「ぜひお願いします」
迷わず答えた。

男は健三と名乗った。
彼の案内で十分ほど歩くと、海にせり出した岩場に着いた。
鳥居があったのでくぐって進むと小さな神社があった。

「この先だ」健三さんが指差す。
神社から進んだ先にあったのは、朽ちた庵(いおり)。
そしてその中に金属製の大きな衣装ケース。
長い間、雨ざらしになっていたらしくあちこち錆が浮いている。

「よいしょ!」
健三さんがケースの蓋を開けた。

木の札がびっしり詰まっていた。
中には崩れた人形のようなものもあって、文字が書かれているが読み取れない。
古びているのに妙に生々しい。
「これは何ですか?」
尋ねると、汗を拭いながら健三さんは答えた。

「ここの庵はさっきの神社ができる前にあったらしいんだけど、神社ができてからは誰も気にかけてもいなかったんだけど屋根は落ちるは床は抜けるは…仕方なく片付けをしてたら古い木箱が埋められているのを見つけたんだ。その中にこの木の札が入ってて、捨てるのも気持ち悪いし、というわけでこの衣装ケースに入れてここに置いたっきりなんだ」
「いつ頃のものかとか分からないんですか?」
「全然。こんなもんがあるなんて町の連中誰も知らなくてね。それで…もしよければ調べてもらえないかと思って案内したんだわ」

24枚撮りのフィルムまるまる1本撮りきった。
「福岡に帰ってから調べて、連絡します」
もう引き上げなければならない時間だったので、健三さんに礼を言い連絡先を聞き、別れた。

福岡に戻ると、すぐにフィルムをカメラ屋へ現像に出した。

数日後、写真ができあがったと連絡が入ったので取りに行った。
家に持ち帰り袋を開けてみると、そこに入っていた写真は撮影したものではなかった。
そのには見知らぬ家族が写っていた。
海辺で撮った写真らしい。
よく見るとその海辺に見覚えがあった。
「うん? この場所は壱岐だ。こんな偶然って…」

翌朝カメラ屋へ持って行った。

「ああ、すみません。現像の際に、別のフィルムと取り違えたようです、少々お待ちください」
店主はそう頭を下げると奥に入って行った。
5分…10分、フィルムは見つからない。
店員も総出で探してくれたが、結局見つからなかった。

「誠に申し訳ありません。この写真を撮られた方に間違ってお渡ししたようです。きっとこちらの方も間違いに気づかれたらお持ちになると思いますので…またご連絡いたします」

写真がないと調べようがない…健三さんに電話することにした。
教えてもらった番号に電話すると、女の人が出た。

「健三さんをお願いします」
「どういったご用でしょうか?」
壱岐で健三さんに会ったこと、岩場へ案内してもらったこと、そして写真のことを話した。
「できれば、本人とお話ししたいのですが」
すると女の人は
「それは難しいと思います」と言った。

「どうしてですか?」
「弟は先日突然倒れ、半身が麻痺してしまって今は言葉も話せないんです」
「…そうだったんですか……」
「遅くなりましたが私、健三の姉です」
その日は、それ以上聞かずに電話を切った。

翌日、健三さんの姉から電話がかかってきた。
「昨日のお話を弟にしましたところ、紙とペンを持ってこいと言うんです。そして、書いたことを電話で伝えてくれと」
「どんなことを書かれたんですか?」
姉は、その内容を読み上げた。

「写真は、お寺さんに持っていくように。できれば、お焚き上げを受け付けているお寺さんに持っていくように、と」
「……お焚き上げ?」
「はい。それから、『障りがある』と。写真とは何ことだかお分かりになりますでしょうか?」
礼を言って電話を切った。

真夏なのに背筋が寒くなった。

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それから数十年…

結局、写真はどこへ行ったのか分からない。
あのカメラ屋も今はない。

いつの間にか蝉の声も消えていた。

チョコ太郎より

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