明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。


祖母が6歳の夏。
その年は異常に暑い日が続き、雨も少なかった。
庭の草木に如雨露で水をやっていると父の友人の杣人・水丸がふらりとやって来た。
「釜で煮られておるようじゃ」汗を拭き拭き水丸が言う。
さらに如雨露(じょうろ)の水を頭からかけてくれと言うのでその通りにした。
「ああすっきりした! 嬢ちゃんすまんな。お礼に儂と同じ杣人だった曾祖父(ひいじい)さんの鉄蔵から聞いた不思議な話を聞かせてやろう。」
「ありがとう! ここは暑いから縁側に行こうよ」
「そうじゃな。行こう行こう」

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【水丸が曾祖父・鉄蔵から聞いた話】
鉄蔵が三十を過ぎた夏、何日も雨が降らず水飢饉と流行病が続いていた。
鉄蔵の若い弟子・清次はある日、一人出かけた初めての奥山で水筒を谷底へ落としてしまった。
「深い谷だで見つからんかもしれんな…」
諦め顔の清次が谷へ降りて行くと、そこには真っ白な衣をまとった女が水筒を持って立っていた。

「こちらをお探しでしょう?」
「拾ってくれたのか、すまんな」
「いえいえ。しかし中の水はこぼれてしまいましたね。喉を潤したければ、あの石をのけてごらんなさい」
女は窪地にある西瓜ほどの大きさの真っ黒な石を指差した。
清次が言われるまま無造作にその石をひっくり返した瞬間、石は粉々になった。
石の下には穴があった。
どこまでも深く続いているように真っ暗な穴が。
「これでよいのか?」
顔を上げたが女はいない。
清次がもう一度穴をのぞき込むと、黒い瘴気(しょうき)が立ち上っていった。

その夜、清次は火を吐くような高熱に倒れた。
それだけでなく、指先から黒いシミがじわじわと広がっていった。
医者も首をひねるばかり。
駆けつけた鉄蔵は、弟子の変わり果てた姿を見て唸った。
「昔これと同じことを聞いたことがある。これは山が新たな『要石』を欲しているのだ。このシミが全身を覆い尽くすまで、猶予は三日。三日経てばお前は永久に地を鎮める要石になってしまうぞ!」
鉄蔵はすぐさま村を飛び出し、近郷近在の村々へ 「履き潰した古い草鞋(わらじ)を、持って来てくれ」と頼んで回った。

二日目の夜。
黒いシミは胸元まで広がり、皮膚は次第に灰色の岩肌へと変わっていく。
それに合わせるように清次の体は少しずつ重くなっていった。
その頃、鉄蔵の呼びかけに応じ、近隣の村々から背負いきれないほどの古草鞋が続々と運び込まれた。
日頃、鉄蔵が難しい頼まれごとも嫌がらずに受けていたことが幸いし、皆が協力してくれたのだ。

三日目の夜。
期限が迫る中、千足の古草鞋とシミが顎まで達した清次を村人総出で要石のあった場所に運んだ。
そして儀式が始まった。
穴を囲むように古草鞋をうず高く積み上げ、その横に清次を寝かせた。鉄蔵は清次の踵(かかと)の肉を少し切り取ると、それを草鞋の山の上に置くと呪禁(じゅごん)を始めた。
「山を歩むは人の業、地を鎮めるは千の足。黒き陰よ身を離れ、藁へと逆巻き還れ」
清次の顔を覆おうとしていた黒いシミが体から噴き出し、積まれた草鞋の山へと濁流となって流れ込んでいった。
無数の草鞋はみるみる真っ黒に変色し穴に向かって崩れ落ちると、一つの大きな黒い岩のように固く重くなった。

「……あ……あああああッ!」
木々の奥、深い闇の中から、絹を裂くような悲鳴が響き渡った。
声のしたほうには女が倒れていた。清次を誘った女だ。
封印から漏れ出した「陰の気」が女を操っていたのだが、新たな要石となった草鞋の底へと引きずり込まれたのだ。
夜が明けると清次の熱は引き、石化していた肌も元に戻った。
「山が求めているのは『陰の気を押さえる重み』。ならば、大勢の人間がこの山を踏み締めた『古い草鞋』こそが、最高の要石になる…言い伝えは本当だったな」
鉄蔵に安堵の表情が浮かんだ。
女は三月前に神隠しにあった隣村の娘だった。

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「今でもその場所を歩くと、どこからともなく地を踏みしめるような、深く重い足音が響いてくるそうじゃよ」
杣人がそう締めくくったとき、夕立が降り始めた。





チョコ太郎より
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