新・祖母が語った不思議な話:その肆拾玖(49)「ヤチマナコ」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

アニメ・実写化もされ大きな話題を呼んでいる、アイヌの埋蔵金をめぐる争奪戦を描いた漫画を読んでいて祖母から聞いた話を思い出した。
北海道の湿原や泥炭地にある底なし沼・ヤチマナコ(アイヌ語で沼や湿地を意味するヤチに開いた眼)の話である。

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【祖母の話】

アイヌの若者トゥキのアチャ(父)は凄腕の猟師だったが、数年前マタカリプ(冬眠しない凶暴な熊)を追って湿原に出かけたまま、こつ然と姿を消した。
コタン(村)の皆は返り討ちにあったんだと口々に言ったが、トゥキは「あれほどの腕を持ったアチャがヒグマにやられるわけがない。きっと別のなにかがあの湿地いるんだ」と確信し、いつか仇を討とうと心に誓った。

それから五年、立派な猟師に育ったトゥキは、冬のある日湿原のトドマツにマタカリプが残した痕跡を見付けた。
「この大きさ…きっとアチャが追っていたマタカリプに違いない」
トゥキはおびき寄せるためのユクスム(鹿の脂)をトドマツに塗り付け、離れた風下に隠れた。

一刻(二時間)ほど経つとこれまで見たことがないほど大きなマタカリプがやって来た。
歩くごとに地響きが起こるような気がするほどの偉容。

静かにク(弓)を引き絞った刹那、声がした。

「そこではだめだ。こっちだ、こっちへ来て狙え」

アチャの声?
声のした方に進んだトゥキの眼前に現れたのは陽の光を受けギラギラと輝く沼だった。
「ヤチマナコ!」そう悟ったときには底なし沼に落ちていた。

「まんまと引っかかったな、親子二代で私の泥を肥やしておくれ」

胸まで沈み、冷たい泥炭に飲み込まれかけるトゥキの前に現れたピリカメノコ(美しい女性)が笑う。
沼の縁に立ち、長い杖でトゥキの頭を泥の中へ押し込みながら愉しそうに笑う。

「…アチャをライケ(殺した)のはこいつか!」

ずぶずぶ沈みながらもトゥキは泥の上に出していた右手で、マタカリプを誘い出すために用意していたユクスムの入った巾着袋をつかみ出すと振り回し、のぞき込む女妖にぶつけた。
勢い良くぶつかった袋から飛び散ったユクスムは、女のアットゥシ(厚司織の衣)にべっとりと張り付いた。

「こんなものが何の役にたつ? このエパタイ(愚か者)め」

女が嗤ったそのとき、ユクスムの匂いに誘われ巨大なヒグマが躍り出た。
匂いに狂ったマタカリプは脂まみれの女妖を「獲物」と見なし、猛然と襲いかかった。
喰らいついたヒグマが女妖を引きずり倒した瞬間、トゥキは目の前にひらめいた女のアットゥシの裾を両手でつかんだ。

ズボォォッ!

さらに女を引きずるヒグマの怪力が衣を介して、トゥキを泥の中から引き抜く「命の綱」となった。
まるで地面から放たれた矢のようにトゥキは地上へ跳ね上げられた。

ヒグマと女妖はもつれ合ったまま地面を転がり、トゥキが今しがたまで沈んでいたヤチマナコへと滑り落ちた。
女妖は沈みながらもヒグマの首をつかんで離さない。
道連れにするつもりだ!

「ポクナモシリ(地獄)へ行け!」
トゥキは近くの立ち枯れたシラカバの木を抱え、女の顔を打った。
二度、三度…五度目で女は老婆の姿を現し沈んでいった。

トゥキは沼の縁の岩を支点にしてシラカバの木を泥の中へ深く差し込み、そして言った。
「これにつかまれ、キムンカムイ(ヒグマ、山の主)!」
ヒグマはその木を足場にしてヤチマナコから抜け出すとトゥキの顔をじっと見つめ、一度だけ鼻を鳴らし森へ帰って行った。

コタンに戻ったトゥキはウェンカムイ・ライ・セ(悪神を倒す者)と呼ばれ、立派なウッタコロクル(族長)となったという。

チョコ太郎より

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今回は祖母が語った話を元に、ポイントとなる言葉をアイヌ語に置き換えたものです。ぜひご感想をお聞かせください。また、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声もお待ちしています。一言でも大丈夫です!下記のフォームからどうぞ。
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