
2025年も残すところ半月ばかりとなりました。
現代アート、サブカルチャーと好奇心を刺激する展覧会を届けてくださる福岡在住のインディペンデント・キュレーター、山口洋三さんに2025年の展覧会5選をお伺いしました。1年の振り返りにぜひご一読ください。
山口洋三さんが選定 2025年の展覧会5選
今年は戦後80年ということで、戦争体験の風化についてテーマを立てた展覧会が目立った。一方で、55年ぶりに大阪で万国博覧会が開催され話題を呼んだ。また瀬戸内芸術祭2025もあり、力量のあるアーティストの個展、サブカルチャーの展覧会も見逃せないものがあり、5つに絞り込むのは実に悩ましかったが、今回は「戦争」をテーマとした展覧会に絞って九州で開かれた展覧会を中心に選び出した。(1~5の番号は、順位を表すものではない)
1 コレクションを中心とした特集 記録をひらく 記憶をつむぐ【東京国立近代美術館 7月15日~10月26日】

まごうことなき「戦争画の展覧会」なのだが、展覧会名称と広報イメージ(松本竣介)から内容を正確に想像できた人はおそらくいなかったのではないか。そのことが、戦争記録画の取り扱いについて、今なお困難を抱えていることをほのめかす。戦争記録画は同館所蔵作品展で毎回数点が継続して展示されてきたが、きちんとした流れに沿って、他館所蔵の作品とともに展示された展覧会はかつてなかった。その意味だけでも本展は必見だった。
一般国民の戦意高揚を名目とした刊行物もしっかり展示されていて、これらのデザインの先鋭性に、むしろその時代における社会の「熱量」を感じざるを得ない。ある意味絵画よりも目を引いた。戦後の動向にも目をくばった見所の多い展覧会で、まさに今年開催されるにふさわしい内容だった。

2 開戦84年 陳擎耀(チェン チンヤオ)展:戦争と美術【田川市美術館 7月12日~8月31日】

台湾のアーティストの絵画を中心とした個展。1で紹介した上記の戦争記録画の代表的作品である藤田嗣治《アッツ島玉砕》や宮本三郎《神兵パレンバンに降下す》などを下敷きに、兵士を制服姿の女子学生に入れ替えて描いた絵画は、日本のアイドル文化を参照していることは明らかで、また戦争画の元ネタを知っていると、一見悪ふざけにも見える。しかしそこには常に中国本土からの侵攻を意識せざるを得ない日常を生きる台湾人のセンスが垣間見える。
一方で、戦時の少年向け雑誌や付録も同時に展示されており、大衆文化から見た戦争イメージという点で、先の近代美術館の展覧会と対をなすといってよい。もしこの展覧会が今夏ではなく年末に開催されていたら、昨今の国際情勢の中で思わぬ注目を集めたことだろう。
3 松本零士展 創作の旅路【北九州市漫画ミュージアム 9月27日~2026年1月12日】

幼少期を北九州で過ごし、同館の名誉館長も務めた福岡県ゆかりの漫画家、松本零士の没後の初回顧展。アマチュア時代やデビュー当時の漫画原稿などの他、代表作『銀河鉄道999』を中心に貴重な漫画原稿が展示された。同作の主人公・鉄郎が「機械の体を手に入れる」旅の途中での様々な出来事に出会い、結局はそれを諦めるというストーリーは、科学技術の行き過ぎた進歩への警鐘である。
それは、松本の漫画の特徴である「メカ描写」にも強く表れる。架空のメカであっても、大戦中の兵器のメカニックへの興味を背景に細部にわたって描き、リアリティを高めている。こうした松本の興味関心は、彼の父がテストパイロットだったことと無縁ではないだろう。
4 ゴヤからピカソ、そして長崎へ 芸術家が見た戦争のすがた【長崎県美術館 7月19日~9月7日】

《巨人》
1808年以後、油彩・カンヴァス、
プラド美術館蔵
© Photographic Archive. Museo Nacional del Prado. Madrid
戦後80年は被爆80年でもある。スペインを代表する画家の1人、フランシスコ・デ・ゴヤの作品を核に、芸術家が目撃した「戦争」を主題とした作品を展示した。スペイン美術を収集の柱に据える被爆地の美術館が企画するにふさわしい内容の展覧会。ゴヤの版画連作《戦争の惨禍》82点(同館、国立西洋美術館蔵)をじっくりと見せ、ゴヤ帰属とされるが一般にはゴヤの代表作と認識される《巨人》(1808年以後、プラド美術館蔵)を中心に藤田嗣治の戦争画(東京国立近代美術館無期限貸与作品)や、これまでその存在があまり知られていなかった丸木位里・俊《母子像 長崎の図》(長崎県美術館蔵)などを展示し、さらに森淳一、青木野枝の彫刻で締めた。
館のミッションに練り込まれたテーマをしっかり関連させ、さらに時代のレンジも広くとった、今期一番の展覧会。長崎ではなかなかお目にかかれない作品が多数出品されたという意味でも必見だった。
5 ベトナム、記憶の風景【福岡アジア美術館 9月13日〜11月9日(巡回:沖縄県立博物館・美術館 11月22日~2026年1月18日)】

福岡アジア美術館が久しぶりに企画したアジアの近代美術の展覧会。今年はベトナム戦争終結50年という節目の年でもあり、「戦争」とは第二次大戦だけを指すものではないことを改めて認識させる。ベトナムの(植民地化以降の)近代美術の歩みと、ベトナム戦争中のプロパガンダイメージ、そして荒廃した「戦後」を希望を持って生きようとする世代の作品までが展示され、ベトナム近現代美術史を駆け足でたどる内容。
同館所蔵品が大半を占めるが、それはこの20数年間の同館の収集活動の成果であり、その成果なしには、本展実現は不可能だっただろう。ベトナム戦争からすでに50年がたち、それこそ「戦争」を知らない世代がベトナム社会の主軸となる中、その「記憶」の行く末もまた同国の課題となっていくのか、考えさせられる。
山口洋三(インディペンデント・キュレーター/オフィスゴンチャロフ)
1969年生まれ。福岡市在住。福岡市美術館、福岡アジア美術館で30年にわたり学芸員を務め、作品収集、コレクション展示に携わる一方、現代美術やサブカルチャーなど多数の展覧会を企画してきた。2024年にフリーランスとなり、企画展制作を中心に活動中。
文/山口洋三


