まだコロナ禍にあった数年前、私たち夫婦は少人数で結婚式を行うことになりました。演出を詰め込んだため、当日は過密スケジュールとなりましたが、大きなトラブルもなく式の運びは順調でした。ところが、披露宴の終盤、義父がとんでもない行動に出たのです。
開催するべきか頭を悩ませたコロナ過の結婚式

まだコロナウイルスが流行していた数年前、私たち夫婦は結婚式を行うべきか迷っていました。招待客の中には高齢者や幼い子もいるので、「会場で感染者が出てしまったらどうしよう」と思うとなかなか決断できずにいました。
「とりあえず見学だけでも行ってみよう」夫がめずらしくそう言うので、ひとまず式場見学に行くことになりました。
いざ式場に入ってみると、写真の通りの幻想的なチャペルにくぎ付けになりました。しかし問題は、結婚式を行うかどうかです。
「当社はワンフロア貸し切りなので、他の組と対面することはありません。待合室もいくつかあり、親戚の方は別室でお待ちいただけます」とプランナーの方から説明を受けました。
さらに、「一生に一度のことなので、やらないで後悔するよりはやってみませんか」という後押しもあり、私たちは挙式することに決めました。
過密スケジュールの中で迎えた結婚式
私たちはお互いにフルタイムで働いていたので、挙式の打ち合わせは平日の夜となることがほとんどでした。約5カ月間、仕事終わりに打ち合わせをしては着々と準備を進めました。休みの日も飾りを作ったり、招待状を準備したりと多忙な日々だったと記憶しています。
そして迎えた結婚式当日、少人数とはいっても、夫の親戚の中には初めて会う人もたくさんいました。自分の友人も数人呼んだので、どこか照れくさい気持ちと緊張でいっぱいでした。こんなに万全に準備したのだから大丈夫、と私は自分に言い聞かせました。
リハーサル通り無事に式が終わり、披露宴が始まりました。新郎・新婦登場、新郎挨拶、ムービー、ケーキ入刀、撮影タイム、デザートビュッフェ、クイズタイムなど詰め込んだ予定も特に問題なく進みました。ところが、両親への手紙を読み終え披露宴もクライマックスを迎えようとした時、義父が突然立ち上がったのです。
義父の一言により結婚式の雰囲気は一変

「ちょっと僕からもいいかな?」と目立ちたがり屋の義父は言いました。確かに、義父の挨拶の時間は設けていませんでしたが、あまりにも突然の出来事に一同は唖然としました。
義父は「このような式を開いてくれてありがとう。僕は幼い時に父親を亡くしていてね、お金もなくてとても苦労したんです」と言って突然泣き出しました。
義母が止めに入りましたが、そこから15分ほど義父の身の上話が続きました。
「自分が苦労をしたから息子にはしあわせになってもらいたい」と、義父は言いました。
さらには「なるべく早く孫の顔も見せてほしい。僕ももう歳だからね」と言うのです。
その後も義父の話は続きそうでしたが、披露宴の終了時刻を過ぎていたこともあり、プランナーさんが割って入って義父の話を中断させました。
本来ならば新郎の挨拶で結婚式を締めくくる予定でしたが、時間がかなり押していたため、とても簡素な挨拶で私たちの結婚式は幕を閉じました。
最後の最後で予定が崩れ、私は悔しい気持ちでいっぱいでした。参列者の中には友人もいたので、知らないおじさんの苦労話を聞かされて、完全に戸惑っていたと思います。
あれだけの時間をかけて準備をして、後半まで順調に式が進んでいたのに、せっかくのおめでたい雰囲気が台無しとなったのです。
たった一言が人の人生を左右する

約5カ月にわたり準備を進めてきた結婚式でしたが、義父のたった一言によって結婚式の雰囲気は台無しになりました。
それでも私は、式を挙げてよかったと思っています。義父はともかく、旦那の一言やプランナーさんの後押しがなければ結婚式自体を行わない可能性もありました。
義父が登場する前までは明るく楽しい雰囲気だったのも事実で、私はみんなが笑っていたその光景だけは決して忘れたくないと思いました。
(ファンファン福岡公式ライター /W.M)





