世界で最も歴史ある国際映画祭の一つであるロカルノ国際映画祭(スイス)で、日本映画としては18 年ぶりとなる最高賞の金豹賞に加え、ヤング審査員賞特別賞をW受賞した映画「旅と日々」が11月7日に全国公開されます。脚本も手がけた三宅唱監督にインタビューしました。

映画「旅と日々」ストーリー
強い日差しが照りつける夏の海で、どこか陰のある女・渚(河合優実)と夏男(髙田万作)が出会い、島を散策する。2人は台風が近づく雨の中、波打つ海で泳ぐ―。実はこれは、主人公の李(シム・ウンギョン)が脚本を書いた映画で、才能のなさを痛感した李は自身に行き詰まりを感じていた。「気晴らしに旅行にでも行くといいですよ」との助言もあり、李は無計画に北国の雪の町へ行く。たどり着いた古い宿の主人・べん造(堤真一)と出会って生活を共にするが、ある夜、べん造は「錦鯉のいる池を見に行くか」と李を連れ出す。

さまざまな〝驚き〟の表現を大切に
Q:今回、つげ義春さんのマンガ「海辺の叙景」、「ほんやら洞のべんさん」の2作品が原作になっていて、それが前半と後半という形で描かれました。その理由や効果は。
A:つげ義春さんの素晴らしいマンガを映画化するにあたり、旅の面白さとは何なんだろう、つげ義春さんのマンガの面白さって何なんだろう、自分にとっての映画の面白さは何だろうっていうことをあれこれ考えていたんですね。共通するのは「驚きがあること」だと思いました。自分が思っていた予想を裏切られるような驚き。想像もしていないことを目にする驚き。あまりに美しいものやあまりに怖いものを見た時の言葉にならない驚き。そういった色々な種類の驚きが世の中にはあると思うんですけれども、それを具体的にどう作り出すか、考えていきました。そこで、一本の映画の中で、夏の風景を見ていたはずがある時、ふっと冬の風景に変わる。この構成によってそういう爽快な驚きが生まれたら面白いのではないか、と考えました。
Q:「驚き」や「予想を裏切られるようなこと」というのは、ご自身ではどんな時に感じられたのでしょうか。
A:自分が撮影の時に感じていたことを少しお話ししますと、ある時に「風が吹いてほしいな」と思っていたら、風ってそれ自体は目には見えないものですが、渦巻く形が見えるようなすごい風が本番中に吹くことがあり、本編でも使っているので、ぜひ見逃さないでほしいです。他にも、ある場面だけものすごい大雪が降ってきました。人間がコントロールできない天気の変化というものには何度も驚かされましたし、それを、映画の中でも新鮮に感じてもらえたらうれしいです。

夏の海の「不気味さ」「恐ろしさ」を表現
Q:映画の前半は夏の海の場面で、後半になると雪国の場面になります。そのコントラストというか、違いが際立っているんじゃないかと思いますが、そのあたりの構成は意図を持ってなされたことでしょうか。
A:夏だけの映画、冬だけの映画はたくさんあると思いますが、二つの全く違う風景を一本の映画の中で味わえるのは、シンプルに新鮮な映画体験になるのではないかなと思いました。実際に観賞いただいた方の感想で面白かったのは「これはサウナだ」と。温かいところから寒いところに行って「ととのう」ような映画だった、という感想です。そうやって、体で感じられるような映画になってくれたんだということは、すごくうれしい効果でした。
Q:つげ義春さんの2作品を原作にするのは、どのような経緯がありましたか。
A:まずプロデューサーから「つげさんのマンガを題材にして映画を作りませんか」という提案があり、たくさん好きなマンガがありましたが、特に好きなのがこの2作品でした。この企画を最初考えていた頃はまだコロナ禍で、移動の自由が制限されていた時期だったので、その時住んでいた場所から離れて映画を撮影したい、旅に出たいっていう欲も自分の中にちょっとあったのかなと思います。

Q:前半の夏の海のシーンですが、若い男女が海辺で出会ってゆったりとした時間が流れるような描き方で、ややアンニュイな雰囲気も感じました。このあたりの描き方や、崖を映すシーンもありました。鑑賞者にどのように感じ取ってほしいですか。
A:崖もそうですが、ある不気味さ、恐ろしさも夏の要素かなと考えました。よく怖い話、怪談なんかも多くは夏が舞台ですよね。何かそういう海辺の気配というものも捉えたいと思っていましたし、この男女はそれぞれが決して出会おうとして出会っているわけじゃない。どちらかというと、人間関係から離れ、1人で過ごしていたいと思っている中で、たまたま出会ってしまっただけ。お互いの名前も聞いていませんし、普通なら出会わない二人の、あまりにも薄い関係性の物語です。「人から離れたい」という意味ではゆったりとしていますが、何が起きるか分からない緊張感もあるはずなので、その両方を感じてもらえればなと思います。
Q:雨が降る海で泳ぐ場面の撮影がすごく大変だったのではないかと思いました。苦労はありましたか。
A:何より安全に撮影することが重要なので、体力的に3日に分けて撮影する必要がありました。実際の雨ではなく、私たちが作り出した雨ですけど、海の怖さ、水の怖さを表現することも重要だと考えたので、安全と迫力のバランスを取るのはすごく難しかったです。登場人物がこのシーンでようやく、生きていることを力強く実感するような場面なので、強いシーンにしたいと思っていました。
「挫折」感じた主人公は雪国の旅へ
Q:その後、大学での講義のシーンに移ると思うのですが、そこで主人公のシム・ウンギョンさん演じる李は、自ら脚本を書いた映画を観て、学生からの質問に「私には才能がないな、と思いました」と答えます。
A:これは自分の思いですが、彼女が言いたかったのは、自分の脚本よりよっぽど映画が大きいという、「自分はここまでイメージがそもそもできていなかった」という反省から出た言葉だと思います。これは自分の実体験としてもあって、例えば、この映画の冒頭に、主人公の脚本家がシナリオに「女が車の後部座席で起き上がる」という風にメモします。それが映像として映ると、脚本には書いていなかった波の音とか、雲の流れとか、起き上がる時の体の重さなんていうのが映画には映ってくる。ああいうものを目にした時、僕自身も「脚本で全然考えてなかったことがこの世界にはたくさんある」ってことを、映画を撮る時に気づくわけです。脚本家としては敗北感がありますが、監督としては喜びの瞬間です。

Q:行き詰まりを感じた主人公は、旅先の雪国での暮らしを体験します。前半で描かれた夏の海の場面から大きく転換します。受け手にどう感じてほしいですか。
A:僕が映画館に足を運んで映画を観て、外に出た時に、街並みなんて何も変わっていないはずなのに、自分の体の感覚が変わって、全然違う世界に見えるってことがあるんです。それが映画館が好きな理由です。そういう体験が、自分たちが作った映画「旅と日々」の観賞後にも、観客の方にも起きるのが理想です。言葉にならない「わーっ」という感情、「わーっ!なんか面白かった!」という時間を作るまでが自分たちの仕事です。
「旅と日常」はどこかで繋がっている
Q:この映画のタイトルは「旅と日々」。ストレートではありますがどういう風に決められたのでしょうか。
A:主人公は自分の生活から離れたいと思って旅に出るけれど、旅先には誰かの生活がある。生活からはやっぱり逃れらないのが、無人島以外の、大抵の旅の現実かなと思います。ユートピアみたいな場所、いわゆる生活や労働とは無縁の場所はおそらく存在しないと思います。それと、あと語感というか、音ですね。シンプルですし。

Q:撮影をする上で、出演者の方だとか、関係者の方とのエピソードで記憶に残っていることはありますか。こぼれ話のような。
A:(前半部分の)夏の撮影にはシム・ウンギョンさんは出ませんが「自分もあの土地を感じておきたい」ということで、ロケ地に来てくださったんです。それで、逆に冬の撮影には河合優実さんが来られました。出演はないですが「ずいぶん雪を体で感じてない」と撮影現場に遊びに来てくださったと思う。そういう季節感とか土地を感じるということが、エネルギーになってたのかな、とも感じました。
Q:「旅と日々」は、ロカルノ国際映画祭でグランプリを獲りました。どのように受け止めたかお聞かせください。
A:ロカルノ国際映画祭は自分が20代の頃に初めて参加した国際映画祭です。それまで映画祭がどういうものかも分かってなかったんですが、ロカルノに行って「ああ、これが国際映画祭なんだ」という基準になりました。監督やスターが中心にいるっていう感じではなくて、「主役は映画そのもの」と感じます。映画の作り手も観客も対等な立場で、映画を通してフラットにコミュニケーションしているような、非常に幸せな場所だったんです。そういう場所で、私の年齢も40代になり、映画祭でグランプリを頂けたのは驚きでしたが感慨深いものもありました。この映画は言うまでもなく自分だけの力ではなくて、多くのスタッフの美しい仕事、そしてロケ先の方々の非常に力強いサポートで成り立っています。作品への賞ということなので、全員の仕事が認められたんだと思います。

〈キャスト〉 シム・ウンギョン 堤真一 河合優実 髙田万作 佐野史郎 斉藤陽一郎 松浦慎一郎 足立智充 梅舟惟永
11月7日(金)キノシネマ天神、ユナイテッド・シネマ キャナルシティ13ほか全国ロードショー

© 2025『旅と日々』製作委員会
監督・脚本:三宅唱
原作:つげ義春「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」
製作:映画『旅と日々』製作委員会
製作幹事:ビターズ・エンド、カルチュア・エンタテインメント
企画・プロデュース:セディックインターナショナル
制作プロダクション:ザフール
配給・宣伝:ビターズ・エンド
