七五三は子どもの健やかな成長を祝う大切な節目。家族そろって晴れ姿を残せる日を心待ちにしていました。ところが当日を迎える前に、思いもよらない出来事が起こり、私の心は大きく揺さぶられることになったのです。
義母からの提案で

子どもの初めての七五三を数カ月後に控えたある日。
「七五三ってすごく混むから、早めに写真館を予約したの」
義母からそう聞かされたとき、正直ありがたいと思いました。忙しい中で動いてくれるのは助かるし、子どもの晴れ姿を楽しみにしてくれている気持ちも伝わってきました。
ところが、予約内容を聞いて愕然としました。
子どもたちと義両親だけで先に撮影する、というのです。
「子どもの初めての七五三なのに、親である私たち夫婦は不在で義両親だけ行くなんて…」私はそう思いながらも、義母の提案を断れませんでした。
写真を見てモヤッ
撮影当日は平日で、私は仕事を抜けられず同行できませんでした。「仕方ない」と頭では理解しながらも、どこかに引っかかりを感じながら子どもを送り出しました。
夕方、義母から送られてきたLINEには、着物姿の子どもたちと隣で満面の笑みを浮かべる義両親が写る写真。
その時、胸にチクリと痛みが走りました。
私は置いてけぼり…涙が止まらない夜

写真の中の子どもは、とても可愛らしかった。立派な着物姿で、元気いっぱいの笑顔。誇らしい気持ちになったのは確かです。
でも、そこに母親である私はどこにもいない。アルバムのどのページをめくっても、子どもと義両親のツーショットばかり。
「母親なのに、なぜ私はここにいないの?息子の初めての七五三なのに、可愛い姿を間近で見られないなんて…」その問いが頭の中でぐるぐる回りました。義両親が悪気なく動いてくれたのは分かっています。むしろ子どもを大切に思ってくれているからこその行動。でも、その好意の中で、私は完全に置き去りにされてしまった。
ふと想像しました。
このアルバムを10年後、20年後に開いたとき。そこに映るのは、笑顔の子どもと義両親だけ。母親の私はどこにも写っていない。未来の自分を思うと、胸が締めつけられました。
気づいたら涙が止まらず、夜ひとりで声を殺して泣いていました。写真を見れば見るほど悔しさがこみ上げ、「私はお祝いの場にはいなくて良いと義両親に思われているのかな?」という孤独感すら押し寄せてきたのです。
リベンジでスカッと!

我慢できず、夫に思いをぶつけました。
「写真を見てすごく悲しかった。大事な初めての七五三の写真に、私がいないなんて耐えられない。絶対に家族で撮り直したい」
夫も真剣に耳を傾けてくれ、後日、家族3人だけで写真館を予約しました。休日に改めて着物を着せてもらい、家族そろってカメラの前に立った瞬間、ようやく心のつかえが解けていきました。
シャッター音が響くたびに、悔しさで滲んだあの日の涙が、少しずつ温かい涙へと変わっていくのを感じました。子どもの隣に自分が笑顔で写っている。それだけで、胸の奥にたまっていた孤独感がすっと消えていったのです。
アルバムを開けば、そこには本当に欲しかった家族の七五三の記念が並んでいる。ページをめくるたびに、心の中に喜びが広がっていくのが分かりました。きっと10年後も20年後も、その写真を見て温かい気持ちになれるはずです。
(ファンファン福岡公式ライター/ぴち)


