明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズ、今回は杣人・水丸さんの話です。


祖母が七歳の秋。
父の友人・杣人(木こり)の水丸さんがやって来た。
「おう水丸、どうした?」
奥から出て来た父が聞く。
「うん。ちょっと梯子(はしご)を修理するのに道具を貸してもらおうと思うてな」
「折りたたみできて使い勝手がいいと自慢しとったあれか」
「おう。これなんじゃが、蝶番が駄目になってのう」
「ああ、こりゃいけんのう。よし!」
そう言うと父は水丸さんを納屋に案内した。
「どの道具でも好きなように使うてくれ」
「おお、すまんのう」

小一時間もすると、修理を終えた水丸さんが戻って来た。
「やれやれ終わったぞ!すまなんだな」
「なんの。大事な商売道具、元にもどせて良かったな」
「おう。それでな…修繕しとる時に昔婆さんから聞いた話を思い出したんじゃ。不思議な梯子の話。聞くか?」
「聞く! 聞く!」
祖母と父は声を合わせた。

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【杣人・水丸さんの話】
儂の婆さんが子どもの頃、千香という若い娘がおらんようになった。
三日経っても四日経っても帰ってこん。
村人が総出で山狩りをしたが見つからん。
「神隠しじゃ」「いや天狗に穫られたにちがいない」「山姥に喰われたのでは?」
皆があきらめかけていた五日目、着物はボロボロ、体は傷だらけで千香は帰って来た。
村人らは驚くやら喜ぶやら。
家まで運び、白湯を飲ませると安心したのか眠ってしまった。
思ったよりも回復が早く、翌朝には粥もすすれるようになった。
様子を見に集まった村人たちはほっとし、口々に「どうしとったんじゃ?」と尋ねた。
千香は不思議な体験をぽつぽつと話し始めた。

「山菜を採りに山の上の方まで行ったんだけど、足を踏み外して崖から落ちてしまって。体中痛くて動けなかった。助けを呼んだけどこんなところ誰も来ない。そうするうちに日が暮れ日が昇り…四日が過ぎた。頭が朦朧としてきたので、これではいけないと思い、知ってる歌をずっと歌ってた。〝急ぎの使いは誰にしょ 百足(むかで)どんが一番じゃ 足が多いで速かろう♪〟…この歌を歌っていたとき、崖の上から長い長い梯子が下りてきたの」

「梯子が? 誰が下ろしたんじゃ?」
「ううん。ひとりでに下りてきたの。夢か幻か? とにかく消えないうちにと一生懸命登った。崖を登り終えて座りこんでいると、梯子もずるずると登ってくる。よく見ると梯子と思っていたのは…」
「思っていたのは?」

「大きな大きな百足だった。驚いて動けずにいると崖の上まで登り終えた百足はそのまま山の中に入って行った。その後姿に『ありがとうございました!』と声をかけると、百足はこちらを振り向きこう言った」
「なんと?」
「『なに、これでやっと恩返しできた。達者でな』と。それを聞いた刹那、子どもの頃の出来事を思い出したの」
「どんな?」

「四つくらいだったかな…幼馴染みの吾作と源太が川のところで何かを棒で突ついている。何だろう? と思って近づくと二人はまずいって顔をして走り去った。川を見ると小さな百足が水に落ちてもがいている。可哀想だったので二人が残して行った棒を差し伸べると百足はするすると登って来た。それを見ていると〝急ぎの使いは誰にしょ 百足どんが一番じゃ 足が多いで速かろう♪〟と自然に歌が出た。『もう落ちんようにするんよ』と言うと百足は返事をするようにちょんちょんと首を動かし、草むらに消えて行ったの」
「その百足が助けてくれたに違いない!」
「そうに違いないと思います。きっと今では立派なあの山の主かと」

皆が良かった良かったと喜ぶなか、真っ青になっている者が二人…吾作と源太である。
二人はお金を出し合って村の神社に百足を表す大注連縄(おおしめなわ)を奉納した。
そして村ではその年から「呉公(ごこう。ムカデの古い呼び名)祭」が末長く行われることになった。

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「面白いのう!」
「面白かろ! 歌の続きも面白いぞ」
「聞かせてくれ」
「よしよし! オホン。〝さすがじゃ百足どん もう戻ったか! いんやぁまだまだ靴履くところ♪〟」
「ははは、なるほど。あれだけ足があれば時間もかかるわな…しかしお前、歌下手じゃな」
「ほっとけ!」
水丸さんは帰って行った。
せっかく直した梯子を忘れて。




チョコ太郎より
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