明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

小学四年生のとき、祖母からこんな話を聞いた。
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【祖母の話】
ある時、同じ町内の山之辺さんの家で、村長に頼まれて大切なお客を迎えるために用意していた朱塗りのお椀が一膳こつ然と消えてしまった。
家中ひっくり返しても見つからない。
困り果てているところへ村長がやって来た。

「あなたは他所からお嫁入りしたから知らないのも無理はない。それは『お客人』が借りていかれたのですよ」
話を聞いた村長は静かに、そして少し嬉しそうにこう告げた。
「お客人とは誰ですか? 私はどうすれば良いのでしょう?」と尋ねると
「今夜、日付が変わるときに庭に水を張った盆を置き、『ゆゑありて かりそめならむ この器 御用済みなば とく還し給へ』…この言葉を三度唱えなさい」と答えると帰って行った。
奥さんは教えられた通り、庭木の間に水盆を供え、教えられた呪文を三度唱えた。
翌朝、水盆の中にお椀は戻っていた。

それから数年後、風の強い冬の夜。
早くに床についていた奥さんは廊下から聞こえる「カチャカチャ、カチャカチャ」という不思議な音に目覚めた。
廊下に出てみると、あのお椀が踊っている!
しばらく呆然と見ていた奥さんは、ふと何かが焦げる匂いに気がついた。
急いで庭に出ると隣家から凄まじい火柱が上がり、夜空を赤く染めている。
奥さんは急いで取って返すと家族全員を起こし、皆なんとか外へ逃げ出すことができた。

燃え盛る炎は山之辺さんの家を舐めるように迫ったが、軒先で目に見えない壁に阻まれたように左右へ分かれていき延焼は免れた。
隣の家を燃やしつくした後、火事は収まった。
恐る恐る家の中に戻った奥さんは息をのんだ。
あれほどの火が迫ったというのに家中はひんやりとした冷気に包まれている。
そして黒光りする鴨居や柱のあちこちには濡れた小さな手形が点々と残っていた。

「きっと『お客人』が家中を駆け回り、その手で炎を押し返し家を守ってくれたんです。思い返せばこの家では時折、誰もいない暗がりから、くすくすと楽しげな童の笑い声が聞こえることもありました」
火事見舞いに行った幼い祖母は、奥さんからそう聞かされた。

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「礼を尽くして向き合えば、目に見えないものもまた命がけで応えてくれる…お客人にとっても、その家で家族と一緒に暮らす日々が、とても楽しいものだったんだろうね」
語り終えた祖母が言った。
「山之辺さんの家に行ってみたいな!」
「それは…もう叶わないよ」
「どうして?」
「焼けてしまったんだよ…戦争で」
「…」
言うべき言葉が見つからなかった。






チョコ太郎より
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