明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

小学校4年生に上がった春。
祖母が庭に蓙(ござ)を敷き、何かを虫干ししていた。
掛軸だった。
「いっぱいあるね。そういえばおじいさんと不思議な掛軸の話聞かせてくれたね」
「覚えていたかい。あの話には続きがあるんだよ」
「ほんと? それ、聞きたいな」
「じゃあ、これ干し終わったら話してあげる」
「うん。善は急げ! 手伝うよ」

………………………………………………
【祖母の話】
時代が明治と変わった頃、十年ぶりに祖母のおじいさんは幽霊の掛軸のある山奥の寺を訪ねた。
本堂は新しく建て替えられていた。
驚いたおじいさんは庭を掃いていた若い僧に尋ねた。
「『神仏分離令』によるものですか?」
「いえ、三年前に大きな火事がありまして、あの離れ以外は燃えてしまいましたので建て直したのです」 掃除に戻る僧に頭を下げると、おじいさんは奥に進んで行った。
十年前に泊まったあの離れは、変わらぬ古びた佇まいでそこにあった。

「お久しぶりですのう。十年にもなりますか」
振り向くと老住職だった。
「大火が出たそうで…大変でしたね」
「なに、この寺は絶対になくせない寺なので、すぐに建て替えてもらえましたわい。して、今日は?」
「はい。あの掛軸をもう一度見たくてやって参りました」
「おお、幽霊の掛軸じゃな」
「もしや…焼けて…?」
「なんのなんの! 無論、無事じゃ。さあ、入った入った」
住職に促されて離れの戸をくぐった。

「三年前、私が所用で山を降り、留守にしていた夜、無明山の奥から怪致火(けちび)がいくつも飛んできての。本堂に燃え移った火は叩いても水を「かけても消えず、若い僧侶たちは逃げ場を失いこの離れへ飛び込んだのじゃ」
「怪致火とは?」
「陰の気が溜まったところに何らかの魂が入り込んで生ずる怪しい火じゃ」

「そうでしたか…それで?」
「うむ。次々と飛んでくる怪致火どもだったが、不思議なことにこの離れに近づいた途端消えていった。しかし、最後の一際大きく禍々しい火の玉だけは、障子を焼き千切って部屋の中へ飛び込んできた」
「この中に!」
「もう命はないと僧たちが目を閉じた瞬間、床の間に掛かっていた幽霊の掛軸が、まるで意志を持つかのように舞い上がり、大きな怪火を包み込んだ。ジュウジュウという音が響き、怪火は掛軸の中に吸い込まれて消え去ったということじゃ」

おじいさんが床の間の掛軸を見ると、あの女の幽霊の絵姿は以前と変わらずそこにあった。
ただ、その胸元あたりに、内側から焼け焦げたような黒い跡がうっすらと残っていた。
「自らが盾となって、火を封じ込めてくれたのだろう。十年前、其処許(そこもと)を救った掛軸が、今度は僧たちを救ってくれたのだ」
「この掛軸は大切にしないといけませんね。焦げたところは修復をなさるのですか?」
「なに、三年前はもっと焼けていて穴が空いていたのじゃが、もうここまで元に戻っておる。大丈夫じゃ」
住職の言葉を聞き終えたおじいさんは掛軸にそっと手を合わせた。
絵の中の女幽霊は少し優しい顔に見えた。

…………………………………………………
「幽霊の掛軸、すごいね。お寺まで守っちゃうなんて」
「そうだね。掛軸がそれほどの力を見せたのは、ご住職があの幽霊の掛軸をただ悪いものだとせず、大切にしてきたからだと思うよ。絵画にはね見る人の心が映り、魂がこもることもあるんからね。さあ、そろそろ虫干しもおしまい。掛軸を元にもどそうか」
「うん」
庭の椿でメジロが鳴いた。






チョコ太郎より
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