毎年、特別な工夫をするわけでもなく飾ってきた雛人形。ところが今年は、4歳の娘のひと言をきっかけに、家族全員が関わる週末になりました。思うように進まない飾りつけ。それぞれの立場や距離感。最後に残ったのは、毎年変わらず続けてきた「いつもの形」でした。
娘のひと言で動き出す

2月のある土曜日、押し入れから雛人形の箱を見つけた娘が、「今年は、本格的に飾りたいの」と言い出しました。その表情を見て、少し不安になりました。今年は最初から最後まで、三段飾りの用意を自分一人でやり遂げたいのだと感じたからです。
夫は箱を運びながら、
「いいね、やってみようか」と軽く言いました。
去年までは、私が配置を決め、娘に声をかけながら進めていました。けれど今年は、立場が逆です。
「お内裏様は、もう少し正面向きで」「お雛様は、こっちの角度がいい」 娘に言われたとおり、親王台(しんのうだい)の上に男雛(おだいりさま)と女雛(おひなさま)を置いていきます。
思わぬ来客と、飾りの迷走

しばらくして、旅行帰りの義姉が甥と姪を連れて立ち寄りました。にぎやかな声が部屋中に響きます。義姉はコーヒーを片手に雛飾りを眺め、
「もう出してるんだ。うちは七段だから、毎年大変でさ」と話しました。
娘は以前、義姉の家で七段飾りを見たことがあります。その記憶がよみがえったのか、自分の家の飾りが、急に物足りなく感じられたのかもしれません。
「じゃあ、もっとちゃんとしなきゃ」そう言って、娘は家の中から飾りになりそうなものを集め始めました。
クリスマスのオーナメント、ハロウィンの飾り、運動会の旗。
季節も意味も違うものが、次々と雛人形の周りに集まってきます。甥は屏風の前に武将のフィギュアを並べ、姪は空いている場所にシールを貼り始めました。義姉はその様子を見て、「楽しそうだし、いいじゃない」と笑っています。
しかし、次第に娘の動きが鈍くなってきました。集めた飾りを手にしたまま、ぼんぼりの前で立ち止まります。どこに置けばいいのか、判断がつかない様子でした。 私は声をかけるべきか迷いました。
娘の沈黙と、夫のひと言

台の上は用途の違う飾りで溢れ、落ち着かない印象になっています。楽しそうな甥や姪とは対照的に、娘だけがうつむき、
「…なんか、ちがう」と小さくつぶやきました。
その様子を察した夫が、
「1回、ママに任せよう。みんな、少し離れようか」と。甥と姪がリビングへ移動し、娘が私の方を見ています。
私は雛飾りを片付け、余計なものを元の場所に戻します。男雛の冠(かんむり)のゆがみを直し、笏(しゃく)を持たせ直して、女雛の手には檜扇(ひおうぎ)をそっと添えました。いつもの位置に人形を置くうちに、家の空気が少しずつ変わっていくのを感じました。振り返ると、娘はほっとした表情をしています。
最後に残った、いつもの形

できあがった雛人形を見た娘は、小さく頷きました。
「やっぱり、ママの飾り方が好き」 そのひと言を聞いた瞬間、それまでの迷いや疲れが一気に吹き飛んでいくのが分かりました。
夫が
「毎年、見てきたお雛さまだからね」と言い 、義姉も
「落ち着いてていいね」と返します。リビングから顔を出した甥と姪が、
「まあ、ちょっとちっちゃいお雛さまだけどね!」とこちらは生意気な感想です。娘は
「これでいいの。うちのが一番かわいいんだから」と、どこか誇らしげな顔です。
今までは特に意識することもなく、雛人形を毎年同じように配置していました。けれど一度手を止めて、並びを見直してみると、この並びこそが、わが家の形なのだと分かりました。
毎年は気にもかけないけれど、変えずに続けてきたものがちゃんと残っている。そんなことを感じた雛祭りでした。
(ファンファン福岡公式ライター/komorebi)





