私が小さい頃、明治生まれの祖母はちょっと怖くて不思議な話をたくさん聞かせてくれました。祖母の思い出とともに少しずつアップしていきます。
※「祖母が語った不思議な話」シリーズは現在も連載中ですが、サーバー変更にともない初期の話が消えてしまったので、再アップしていきます。

昭和十ニ年、私は三歳になる息子を連れて長崎県の小島を訪れた。
知人を訪ねることも兼ねた保養が目的だった。
宿泊したのは港からほど近い△旅館。
当時としてはモダンな二階建てで、そのあたりでは目を引く旅館だった。
壁に「コトリノヤド」と蝋石でいたずら書きがあるのも微笑ましかった。
宿泊手続きを済ませると、一階の奥の「波兎の間」に通された。
部屋はとても綺麗で、夕食も堪能した。
風呂を済ませ部屋に戻ると布団が敷いてあり、息子はすぐに寝付いてしまった。

私も横になりうとうとし始めた頃、上の部屋で床を踏みならす足音が聞こえた。
妙に一定の拍子を刻むような足音だった。
起き上がると音は止んだ。
それからは何も聞こえない。気のせいか…と再び眠りについた。
タタタタタン タタタタタン
一時間くらいして浅い眠りをあの足音で起こされた。
ふと気になって隣りで寝ていた息子を見た。
いない!
あわてて灯をつけると、息子は廊下に出る扉の前に立っている。

「どうしたの?お手洗い?」
「おばちゃんがね来たんだよ」
「おばちゃん?お宿の人?」
「しらないひと。あかいふくきたひと。『ナマエオシエテ』っていうんだ」
全身の毛が逆立った。
「教えた?」
「ううん。ねむかったからいわなかった」
そう答えると息子は崩れるように倒れ、眠ってしまった。
私は息子を抱きしめたまま朝まで一睡もしなかった。

翌朝、宿を出ようと清算しているうちに息子の姿が見えなくなった。
宿の人にも手伝ってもらい探したが一階にはいない。
二階に上がり一部屋ずつ探していくと、一番奥の「黄八丈の間」からあの足音が聞こえる。
タタタタタン タタタタタン
もしやと近づくと部屋の中から息子の声がした。
誰かと話しているようだ。
ホッとしながら扉を開けようとした瞬間、息子が言った。
「なまえはね…」
「駄目!」
そう叫びながら扉を開けると、部屋の中に息子だけがキョトンとした顔で座っている。
部屋の中は壁といわず襖(ふすま)といわず、子どもの落書きで埋め尽くされていた。
息子の手をつかむと後も見ずに飛び出し、逃げるように宿を出た。
家に着くまでずっと誰かがついてきているような気がしてならなかった。

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これは「黄八丈の間」のある旅館に泊まったときに経験した祖母の話。
息子とあるのは私の父だ。
語り終えた祖母が「子獲りの宿…」とつぶやいたのは今でも忘れられない。





チョコ太郎より
初期話が消えてしまったので、あらためて読めるようにアップしていきます。また、「新・祖母が語った不思議な話」も連載中ですので、ご希望や感想、「こんな話が読みたい」「こんな妖怪の話が聞きたい」「こんな話を知っている」といった声をぜひお聞かせください。一言でも大丈夫です!下記のフォームからどうぞ。
