明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。その御期待に応えての第3シリーズです。

師走も残すところ数日となった小学二年生の冬。
家族総出の大掃除もほぼ終え縁側で休んでいると、母が庭で花を摘んでいるのに気が付いた。
「それどうするの?」
「生け花にしようと思って。あ、ちょっとお使いに行ってきてくれない?」
母は赤い花と白の花のついた枝を数本持ち家に上がりながら言った。
頼まれた蒲鉾(かまぼこ)を買って戻ってみると、床の間に綺麗な生け花が飾られていた。
「きれいだね。お母さんは上手だね」
いつの間にか側に来ていた祖母が言った。
「うん。これ、何っていう花?」
「じゃあこの花に因んだお話をしてあげよう。私が子どもの頃、お母さんから聞いた話」
そんなやり取りをしていると、お茶と菓子を持って母がやって来た。
「私にも聞かせてくださいね」
祖母はこくりと頷くと話し始めた。

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【祖母の話】
明治になって干支がひと回りした大晦日の夜。
雪がしんしんと降り積もる中、人力車夫の源太は、凍える手に息を吹きかけながら一年を締めくくる仕事を求めて立ち尽くしていた。
「こう冷えてくるともう誰も来ないかも知れねえな」
諦めて帰ろうとしたそのとき、若い娘が声をかけてた。
「すみません、本郷の坂の上までお願いできますか?」
娘は目の覚めるような藤色の矢絣(やがすり)の着物を着、手には小さな巾着を大切そうに抱えている。
「へい、喜んで」と娘を車に乗せ、源太は雪を蹴立てて梶棒を引き始めた。

「お嬢さん、こんな遅くに里帰りですかい?」
「ええ。父と母が待っておりますので。どうしても、今年のうちに顔を見せておきたくて。こんな雪の夜にすみません。さぞお寒いでしょう?」
「なんの、走ってりゃ汗かくくらいでさ!」
娘の優しい声に、源太の心はほんのり温かくなった。

坂の上の古びているけれど手入れの行き届いた屋敷の前で車を止めると、娘は巾着から古びた銀貨を取り出した。
受け取ろうとした源太の手から何枚もの銀貨がこぼれた。
「娘さん、こりゃ多い! こんなにゃいただけねえ!」しゃがみ込み銀貨を拾いながら源太が言った。
「お釣りはいりません。その代わりに『私はずっとそばにいるから、悲しまないでください。お酒もほどほどに』と、二人にお伝えください」
「へい?」と不思議に思って見上げるともう車の上には誰もいなかった。
ただ、娘が座っていた毛布の上に真っ赤な花が置かれていた。
そこだけ明かりが灯ったようだった。

「こんな夜更けにどなたですかな?」
源太が屋敷の門を叩くと、中から初老の夫婦が出てきた。
事情を話し人力車に残された花を差し出すと、二人はあっという顔になった。
「…貴方が乗せてきてくださったのは、十年前の大晦日に病で亡くなった私共の娘です。その花はあの子が一番好きだった寒椿。娘が亡くなってから、私共はずっと寂しさに暮れて、正月を祝う気にもなれずにおりました」
「車夫さん、ありがとう。あの子は儂らをずっと見ていてくれたんだ…あの子のためにもちゃんと新しい年を迎えよう」
震える手で寒椿を受け取ると父の頰を一筋の涙が濡らし、そして笑顔になった。
「あ、それから『酒はほどほどに』っておっしゃっておられましたよ。それじゃ、良いお年を!」
帰り道、妙に懐が暖かい。源太が手を当ててみるとそれは娘がくれた古い銀貨だった。
「これも娘さんの気持ちですかねぇ。ありがとやんす。しかし年の終わりに不思議な客を乗せたもんだ」
源太は除夜の鐘が鳴り始めた雪明かりの道を、軽やかな足取りで駆け抜けて行った。

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「かんつばきって言うんだね!」
「そうそう。赤の他にも白や桃色みたいなのもあるのよ」
「私も聞き入ってしまいました。面白くていい話でした。年末らしい」
祖母も母も、もうこの世にはいないが、紅い花を見るといつも側で見守ってくれているような気がする。






チョコ太郎より
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