保育園の送り迎えは、子どもを連れているので慌ただしいけれど、ママ友同士のちょっとした立ち話が生まれやすい場所でもあります。天気の話、給食の話、最近流行っている風邪の話。そんな何気ない会話の中で、ふとした一言が心に引っかかることがあります。今回の出来事も、きっかけはごく普通の朝の会話でした。「この人とは、何かが違うかも」そう感じた違和感は、小さくても確実に、私の中に残ったのです。
よくある朝の立ち話、いつも通りのはずだった

その日は、朝から少し肌寒く、園の入り口には同じクラスのママたちが数人集まっていました。子どもを送り届けながら、「今日寒いですね」「また風邪流行ってますよね」と、いつもの雑談。
そんな中、Aさんがため息混じりに言いました。
「うち、昨日の夜からちょっと熱あってさ。でももう下がってるし、連れてきちゃった」
この時点では、正直「あるある」だと思っていました。仕事をしていれば、多少の無理は誰でも経験があるし、私自身も「朝には元気そうだから…」と悩んだことは何度もあります。
ところが、その後の一言で、空気が少し変わりました。
「熱があっても預けるよね?」の一言に固まる
Aさんは、さらっとこう続けたのです。
「熱があっても、預けるよね?仕事あるしさ」
その言い方が、あまりにも迷いがなくて、私は一瞬言葉を失いました。「仕方ないよね」でもなく、「悩んだけど」でもなく、当然という前提で出てきたその言葉。
周りのママたちは曖昧に笑っていましたが、私の中では小さな違和感が、じわっと広がっていきました。もちろん、仕事がある事情も痛いほどわかります。でも、私の中でどうしても引っかかったのは、熱がある状態で登園することは、その子自身のためだけでなく、周りの子に病気をうつしてしまう可能性があるという点でした。
集団生活だからこそ、「うちの子だけ大丈夫ならいい」では済まない。そう思ってしまったのです。
分かろうとしたけれど、埋まらなかった溝

その後もAさんは、悪気なく話を続けます。
「多少具合悪くても、保育園来たら元気になるし」
「家にいたらテレビばっかり見ちゃうしね」
頭では「そう考える人もいる」と理解しようとしても、心のどこかで「もしこの状態で登園して、他の子にうつしてしまったらどうするんだろう。」とやっぱり思ってしまう。
仕事を休めない大変さも分かる。でもそれと同時に、他の子どもに感染リスクを負わせていいのか、私にはどうしても割り切れなかったのです。
その瞬間から、以前のように気軽に話せなくなりました。挨拶はするし、必要な会話もする。でも、深い話はしない。それ以上近づかない、という静かな距離の取り方を、私は無意識に選んでいました。
ちなみに後日、そのクラスで胃腸炎が流行し、「結局、数日休むことになって仕事が大変だった」とAさんが言っていました。私は心の中で、そっとこう思ったのです。やっぱり、無理は後で返ってくるよね、と。
違和感を覚えた自分を信じてよかった
子育てには、家庭ごとに事情があります。仕事を休めない大変さも、誰かに預けなければ回らない現実も、痛いほど分かります。それでも私の中では、熱がある状態で登園させることは、その子だけの問題では終わらないという考えを、どうしても手放せませんでした。
集団生活の中では、一人の判断が、他の子や家庭に影響することもある。その可能性を考えたとき、「仕方ないよね」で片付けてしまうことができなかったのです。だから私は、無理に分かり合おうとせず、そっと距離を取ることを選びました。それは冷たい選択ではなく、自分と子どもを守るための、静かな判断だったと思っています。
(ファンファン福岡公式ライター/Happymam)





