明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

「へ〜くしょん!」
秋の終わり、似非(えせ。にせもの)祓い師・井笠磨太呂が海辺の道を歩いていた。
「海風が冷たいなぁ…早いとこ商売終わらせて次の宿場でゆっくり湯にでもつかるか」
そうつぶやく井笠は背中に折り畳み式の梯子(はしご)を背負っている。
夕陽が海を染める頃、村に着いた。

「さてさて流行病(はやりやまい)がなんで拡がるかお分かりかな? 流行病を運んでくるのはな…ネ・ズ・ミ! そうネズミなんじゃ。この家の屋根裏にもだいぶ住み着いとるらしい。さっきからドロドロ走り回っとる。このままでは大変なことになるやもしれん。だが安心めされい! このありがたいお札を天井裏に貼ると効果覿面(こうかてきめん)! ネズミはきれいさっぱりいなくなる。しかも儂が直々に天井裏に貼ってやろうぞ」
村長(むらおさ)を訪ねた井笠はそう言うと背負子から呪言とへたくそな猫の絵が描かれたお札を取りだした。
もちろん描いたのは井笠である。

「さすがは陰陽師様! まさに今夜、村をあげて疫病封じの儀式をやるところでした。貴方が来てくだされば百人力です! よろしくお願いします」
「えっ? 本当に流行病が?」
「はい。昨日隣村から使いが来まして…『自分たちの村は流行病で大事(おおごと)になっとる。いずれこちらにも広がってくるだろうから、明日の夜に疫病封じの儀式をやるように』と告げていきました。昔、海に人形(ひとがた)を流して疫病神を追い払ったとは聞いたことはあるのですが、祝詞など詳しい事を知る者がおらんで困っとりました。陰陽師様ならきっとご存知でしょう。いや、ありがたい!」
ここまで村長が話したとき、村中の住民がやって来た。
「よし、皆の衆疫病封じに出かけよう! ここには流行病を警告に来てくださった、ありがたい陰陽師様もおられる!」「これなら安心じゃ!」「まったくじゃ!」「きっと疫病封じの儀式も万事卒なく取り仕切ってくださるに違いない」「善は急げ! さあ行こうぞ」村人は大盛り上がり。

「あ、あ痛! は、腹がい、痛い! 急な差し込みが! 少し横にならせてくれ。落ち着いたらすぐに追いかけて行くから」
疫病封じなど行ったこともなくやり方も知らず困り果てた井笠は腹を抱えてうずくまった。
「それは大変! 皆、先に浜で待っております!」そう言うと村人は浜に向かって歩いて行った。
「まずいまずい! 今のうちに逃げんと!」井笠が出て行こうとしたそのとき、二人の痩せた男がやって来るのが見えた。
慌てた井笠は梯子を伸ばすと屋根裏に隠れた。

「上手くいったな! もう村には誰もおらん」
「全員に疫病封じをやらせるとは良い考えじゃったな! 押し込み強盗で誰かを傷つけるのも嫌じゃしな」
「うむ。要るものだけにしておこう。ようけ盗ると村の衆も困るでな」
なんと二人は盗人(ぬすっと)、嘘の警告で村を空にしたのだった。
屋根裏の井笠が顔をよく見ようと節穴にかがみ込んだとき、天井が抜けた。
「わぁ!」
「ぐっ!」
「ごわ!」
天井から落ちて気を失った井笠がしばらくして目を覚ますと自分の下で二人の盗人が倒れていた。
「まともにこやつらの上に落ちたのか!」気を失っている二人をきつく縛ると井笠は浜に行き、事の次第を告げた。
皆が戻ったときには二人は意識を取り戻していたが、動けずに土間に転がっていた。

「この男たちです! 疫病封じをやるように告げたのは」村長が言った。
「まだ何も盗んではおらんし、皆の衆を騙して村を空にしたのも殺生をしたくなかったから。腹がすいて他にやりようがなかったんじゃろう。なんとか許してやってくれんか? その代わり儂流の疫病封じの手伝いをさせるから。盗人、お前たちもそれでどうじゃ?」
村長はじめ集まった皆は井笠の申し出を受け入れた。
盗人たちは何度も大きくうなずいた。
後手で縛った二人を浜に連れて行き、波打ち際に杭を打ち込むとそれに縛り付け顔中を墨汁で真っ黒に塗ると、周りで松葉を燃やし始めた。
「さあさあこの疫病神を燻(いぶ)して追い払うのじゃ! 疫病退散! 疫病退散!」
汗と涙で顔に塗った墨汁がどろどろになった頃、杭がすっぽり抜けた。
これで(井笠のでっちあげた)儀式は終了、二人は縄を解かれた。

「お前たちにはまだ大事な仕事が残っておる。さあ、後はこのありがたいお札を皆の家の天井裏に貼るのじゃ」
そう言うと井笠はへたくそな猫が描かれたお札を二人に渡した。
村中にお札を貼り終えへとへとになった二人は風呂に入れてもらい、飯も腹いっぱい食べさせてもらった。
二人は涙を浮かべ何度も頭を下げ、こう言った。
「ありがとうございます。あっしは止八、こっちは捨松…なんでもやりますんでこの村に置いてもらえませんか?罪滅ぼしがしたいんです」
村人たちはその申し出を快く受けた。

お札の代金に加え礼金までもらった井笠はへたくそな鼻歌を歌いながら上機嫌で村を後にした。
念願の温泉宿を目指して。
盗賊を捕らえ改心させ、見事に疫病封じも行ったと井笠磨太呂の名はまたまた高まった。






チョコ太郎より
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