新・祖母が語った不思議な話:その肆拾(40)「瓢箪(ひょうたん)」

明治生まれの祖母のちょっと怖くて不思議な思い出をまとめた連載「祖母が語った不思議な話」正続編終了時に、多くの方から続編を望まれる声をいただきました。御期待に応えた第3シリーズです。

イラスト:チョコ太郎(協力:猫チョコ製作所)

小学生のとき、瓢箪に凝ったことがある。
図書館で志賀直哉の「清兵衛と瓢箪」を読んだことがきっかけだった。
家の倉庫をひっくり返し汚れた瓢箪を見つけ、表面を拭きニスを塗っていると祖母がやってきた。

「妙な物を見つけたね。その瓢箪、どうするの?」
「学校に持って行ってみんなに見せるんだ」
「それで奇麗にしているんだね。あ、そうだ瓢箪の話を思い出した」
「わぁ、聞きたいな」

それじゃあと祖母は語り始めた。

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【祖母の話】

昔々…今から四百年ほど前、夏真っ盛り。

「どうか無事に抜けさせてください」

旅姿の若い男が大きな森の入口にある神社で真剣に祈っていた。
これから帰らずの森と言われる場所を越えなければならないからだ。
帰らずの森は蜘蛛手(くもで。道があちこちに別れている様相)になっており、これまで幾人もの旅人が飲み込まれた魔の森だった。
三分の一くらいまでの地図はあったが、それから先は未知の魔所。
病の母親の具合がよくないとの知らせに急ぎ帰郷していたのだが、運の悪いことにいつも使っていた山道が山崩れで通れず、止むなく森を抜けることにしたのだ。

男が目をつぶって手を合わせていると子どもの笑い声がした。
目を開けると拝殿の奥に女童(めのわらわ)が逃げて行く。
目の前には古い瓢箪が置いてあった。
手に取り振るとチャポチャポ音がする。
「水が入っとるのかな?…そういえばここは竜神を祀っていたな。まあ瓢箪は縁起が良いというし…持って行くか」
男は瓢箪を背負子(しょいこ)に入れると森に入って行った。

森の中は同じ風景が続く。
目印になるものもない。
明るい方へ明るい方へと進んで行った男は開けた場所に出た。
そこにはがれ場がどこまでも広がっていた。
これはいかんと森に戻ったがどの道を選んでもがれ場に出てしまう。

「仕方がない、ここを抜けよう」

歩きだしたが脚を取られなかなか進めない。
日影もなく、太陽は容赦なく照りつける。
男は黙々と進んで行った。
翌日も、その翌日も。

持って来ていた水はとうに飲み干していた。
見渡す限りがれ場で池や川はない。
気力が尽きかけ座り込んだとき、背中でチャポンと音がした。

「おお! あれがあったか!」
瓢箪を取り出し栓を取ろうとしたが、どうしても抜けない。
「神様からの賜り物だが仕方がない。御免」
男は岩を掴むと瓢箪の口を叩いた。
口は簡単に割れ、中からうっすらと湯気のようなものが立ち上った。

その瞬間、黒雲が湧き雷が轟き滝のような雨が降り始めた。
男は空に向かって大きく口を開き、乾きを満たすと水筒にも入れた。
それに合わせたように雨はすっと上がり、太陽が再び輝き始めた。
すっかり元気を取り戻した男は口の割れた瓢箪を大切に懐に入れると再び歩き始めた。
そして、四日目には森を抜けることができた。

生家に着くと、表に母が立っている。
「帰らずの森で迷うたんじゃろ。無事で良かった」と微笑む。
顔色も良く、元気を取り戻している。
「何故ご存じなのですか?」と男が聞くと
「三日前の夜、見たことのない女童から夢で『倅(せがれ)は森で迷うが必ず来る。安心せよ』と告げられたんじゃよ」と母は言う。
「森の入口にある神社でいただいたこの瓢箪のおかげです」男は母に瓢箪を渡し、帰らずの森での出来事を語った。
「神様が助けてくれたんじゃな…おや? これは?」
瓢箪を逆さにして振ると割れた口から木を削って作られた小さな人形(ひとがた)が出てきた。
「私の旅に同道してくださっていたんですね」
母と男は手を合わせた。

親子は村の神社に行き、神主に事の次第を話した。
男は境内に小さな祠を作り、瓢箪を祀った。
その後「日照りが続いたときにここに参ると雨が降る」と評判が立ち、離れた村からの参拝者も絶えず、「雨乞いの瓢箪様」として長く愛された。

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「ひょうたん、すごいね! ますます興味がわいたよ」
「瓢箪の中には別の世界があるという言い伝えもあるのよ」
「へえ、おもしろいね!」

翌日、学校へ瓢箪を持って行き皆に見せ、祖母から聞いた話も語って聞かせた。
友人たちは皆どこからか瓢箪を入手、しばらくは授業中に黙々と磨くことが流行した。

チョコ太郎より

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